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WCRP平和大学講座「異質なものとの共存を求めて──他者性を考える」(3/6)

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 3月6日、伏見稲荷大社で開催されたWCRP(世界宗教者平和会議)主催の平和大学講座「異質なものとの共存を求めて──他者性を考える」にパネリストの一人として参加しました。
 基調講演は、拓殖大学イスラーム研究所の森伸生先生が「イスラームの基礎理解」と題してなされ、私と薗田稔先生(秩父神社宮司、京大名誉教授)がパネル発表をしました。
 この平和大学講座の前に、せっかく伏見稲荷大社に久しぶりに(20年ぶりくらい!)来たということで、稲荷山に登りました。全部登り切るには2時間くらいかかりそうだったので、山の中腹ほどで断念して引き返しましたが、十分汗だくになり、よい運動となりました。
 四辻という場所からは京都の街並みを一望することができ(写真参照)、なかなか爽快でした。
 この稲荷山登山で、ほとんどエネルギーを使い切り、パネルディスカッションには適度に脱力気味でのぞむことができ、よかったです(笑)
 伏見稲荷大社の全天球写真を以下のリンクからご覧いただけます。全部で13枚あります。
https://www.google.com/maps/views/collection/102374514346469760516/ef5f95cb48bfcf82?gl=jp

 私のパネル発表では、ホスト社会にとって「異質なもの」「他者」を受け入れるためには、(宗教などの属性を除去して)普遍性に重きを置く方法(フランスの理念はその典型)と、(特定集団の権利主張を承認する)個別性に重きを置く方法の二つの極性があり、その両者はしばしば対立することを最初に指摘しました。対立しがちな二つの極性(価値規範)を仲介する働きを宗教が担うことができるのではないかという提言をしました。ただし現実には、仲介とは反対に緊張を高める役割を宗教過激組織が果たす場合も少なくありません。
 また、WCRPの声明にあるような「イスラームは非暴力と平和の宗教である」といったメッセージは、今日の状況の中では、まず最初に強調されるべきことであるが、そのメッセージを単純に繰り返すだけでは、イスラームのイメージを固定化したり、社会生活における宗教的アイデンティティを過度に強調することにより、ネガティブな作用(たとえば、政治による宗教的シンボルの道具化。ヨーロッパの極右勢力が反移民とイスラームを結びつけるのはその典型)を引き起こす危険性があることも指摘しました。理想化されたムスリムのイメージではなく、清濁合わせ持つ、ありのままの姿を受け入れることのできる寛容さこそが必要ではないか、ということです。

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