小原克博 On-Line

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収穫

 今日は、浄土真宗本願寺派の安居特別講義で「原発と未来への責務」(これが与えられたお題)をテーマに話をしました。主催者である勧学寮頭の徳永先生とお目にかかり、本願寺の話をたくさん聞くことができたのも大きな収穫でした。
 
 収穫と言えば、目下、我が家の庭でキュウリ、トマト、ブルーベリー、レモン、柚子などが急成長中で、すでにトマト、キュウリは収穫にあずかっています。知らぬ間に実りをもたらす不思議。そのことを考えたとき、連想したのは、先日、熊本で訪ねた徳富記念園における徳冨蘆花の『みみずのたわこと』の次のような一節です。この蘆花の感覚には共感するところが大きいです。
 
 農
 
  我父は農夫なり  約翰(ヨハネ)伝 第十五章一節
 
 土の上に生れ、土の生むものを食うて生き、而して死んで土になる。我儕は畢竟土の化物である。土の化物に一番適当した仕事は、土に働くことであらねばならぬ。あらゆる生活の方法の中、尤もよきものを択み得た者は農である。
 農は神の直参である。自然の懐に、自然の支配の下に、自然を賛けて働く彼等は、人間化した自然である。神を地主とすれば、彼等は神の小作人である。主宰を神とすれば、彼等は神の直轄の下に住む天領の民である。綱島梁川君の所謂「神と共に働き、神と共に楽む」事を文義通り実行する職業があるならば、其れは農であらねばならぬ。

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