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「インターネット授業が秘める可能性――現状と今後の展望」、『ACADEMIC RESOURCE GUIDE』No.150

『ACADEMIC RESOURCE GUIDE』は岡本真氏が編集・発行している学術系メールマガジンです。

 『ACADEMIC RESOURCE GUIDE』No.150


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◆ 羅針盤 ◆ - Science, Internet, Computer and ...
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「インターネット授業が秘める可能性 ―現状と今後の展望」
小原克博(同志社大学神学部教員)
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◇ はじめに ◇
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2001年4月から同志社大学の正規科目として「インターネット授業」が始ま
った。実験的にインターネット授業に取り組んできている大学は慶應義塾大学
をはじめとし、いくつもあると思われるが、単位が取得できる学部設置の正規
科目として提供している大学は、同志社や早稲田など、まだ数えるほどしかな
いと思う。そうした物珍しさも手伝って、同志社のインターネット授業のこと
が新聞・雑誌・テレビなどで取り上げられてきた。しかし、そうしたメディア
では、しばしば一面的かつ断片的な伝達にならざるを得ないので、ここでは少
しでも実像に近い情報をお伝えすることにしたい。

最初に、インターネット授業を簡単に定義しておくと、「オンデマンド型の
オンライン型授業」となる。高速回線や衛星回線を介し、複数の地点を結んで
「リアル・タイム」に行う遠隔授業も存在するが、それは「オンデマンド型」
ではないので、ここではインターネット授業には入れない。また最近は「eラ
-ニング」という言葉もよく用いられるようになってきたが、それはインター
ネット授業とほぼ同義であると考えてよい。ただし、ここでは、わたしが同志
社大学においてきた用いてきた「インターネット授業」という表現を中心に話
を進めていく。

今年度、同志社大学が提供しているインターネット授業は、神学部の4科目
と経済学部の2科目(担当者は宮崎耕教授)である。神学部での4科目はわたし
が担当しているが、春学期には「宗教と平和 ―紛争・抑圧を克服する道を求
めて」(宗教学8-501)、「現代におけるキリスト教倫理の諸問題」(組織神
学1-501)、「宗教と倫理 ―科学技術時代における宗教性の模索」(宗教学
7-501、昨年度科目の再配信)が設置され、秋学期には「宗教と倫理 ―科学
技術時代における宗教性の模索」(宗教学7-502)が設置されている。このう
ち「宗教と平和」と「宗教と倫理」は、京都の大学の連合体である大学コンソ
ーシアム京都<http://www.consortium.or.jp/>への提供科目であり、同志社大
学の学生の他、他大学の単位互換生やシティカレッジ生(一般社会人)も履修
登録している。

インターネット授業にはそれぞれ対応する教室授業があるが、その授業(90
分)をデジタル・ビデオカメラで撮影し、そして、それを説明用の画像と組み
合わせて配信用のデジタル素材に変換する。あとはインターネット配信用のサ
ーバー・コンピュータに、そのデジタル素材をのせれば、授業の履修者がいつ
でも好きなときに、好きな場所で、その授業を視聴できる状態となる。授業用
の資料は、すべてPDFファイルとして授業用ページに掲載する。

こう言ってしまうといかにも簡単そうであるが、実際には試行錯誤の連続で
あり、小さな改善を積み重ねながら今日に至っている。百聞は一見に如かず。
わたしのウェブサイト「小原克博 On-Line」<http://www.kohara.ac/>上にあ
るインターネット授業のデモ版を見ていただきたい。各回の授業は履修者しか
見ることができないように認証チェックがかけられているが、第1回目の授業
はデモ版としてアクセス・フリーにしている。また、インターネット授業では
ないが、同様の仕組みをもった「Virtual Lectures」のコーナーでは、講演や
過去の授業などをアクセス・フリーで提供している。


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◇ 履修者の学習スタイル ◇
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わたしの担当科目の場合、インターネット授業の履修者は1週間以内に授業
を視聴して、毎回、授業のテーマに即した小レポートをウェブ上から提出しな
ければならない。それは出席確認の役割も果たしている。教室で漫然と授業を
聴いていることに比べれば、この小レポート提出は大変であるが、きちん書け
ば、それによって得られる成果は非常に大きい。毎回のレポートを読む中とで、
教室授業では得られないようなパーソナルなつながりが生じてくることも感じ
た。

また、授業に対する質問・感想など自由に書き込むことのできる電子掲示板
も用意している。掲示板に対する書き込み頻度は、各回の授業によって、かな
り異なる。意欲的に書き込む人が数名いれば、それにつられて他の人の書き込
みも増えてくる。他方、質問などは原則的に掲示板に書き込むよう指示はして
るものの、電子メールで直接質問してくる人も多い。いずれにせよ、質問した
い人にはその機会が十分に与えられている。

このようにインターネット授業では大教室での講義にはない「双方向性」が
重要な役割を果たしている。時間や場所に束縛されないで学ぶことができると
いうこと、すなわち、学習のスタイルを各人の生活にあわせてデザインできる
ということ(パーソナル・ラーニング)も、教室型マス・ラーニングとは異な
る特質である。こうした側面を補強するために、毎回の授業はテーマごとにモ
ジュール化されている。たとえば、今日は三十分だけ勉強し、続きは明日、と
いう学び方ができるし、また、わかりにくかった点を繰り返し視聴できるとい
うメリットもある。

しかし、「いつでも、どこでも」が効果的であるためには、学習者がしっか
りとした学習意欲を持っているということが前提になる。学ぶ動機づけがあい
まいない者にとっては「いつでも、どこでも」学べるという利点が、容易に
「いつまでたっても、どこにおいても」学ばないという甘えに転じてしまう危
険性がある。その意味では、入学したばかりの学生には、インターネット授業
より、場所と時間を拘束してくれる教室授業の方が優先されるべきだろう。つ
まり、インターネット授業と教室授業は相補的な関係にある。両者を排他的関
係においてとらえ、一方の他方に対する優位性を主張する人もいるが、そうし
た主張は教育サービスの向上に益するところはほとんどない。ちなみに、米国
の諸大学でも、近年は、二つの授業形態をいかに有効に組み合わせるかという
議論に関心が集まっている。


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◇ 学生からの感想・要望 ◇
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2年近くインターネット授業にかかわってきた結果、学生からも様々な意見
を聞くことができた。毎学期ごとに、ウェブ上で授業アンケートを行ってきた
が、その一部を紹介したい。

どの学期も、コンピュータの技術的な不安があったと記す学生が少なからず
いる。最近の学生はコンピューターに慣れてきている一面もあるが、初期段階
においては、丁寧な技術サポートを欠かすことはできないことを、こうした感
想は物語っている。リアル・プレーヤーなどの動画再生ソフトの性能は年々向
上してきているが、それがインストールされていない場合、必要項目を選択・
記入しながら、ダウンロードし、インストールし、さらに初期設定を済ませる
ことは、慣れていない学生にとってはかなりしんどい作業に違いない。

他の履修者と直接出会わなかったのは少しさびしい思いがした、という意見
もあった。これには二つの対応の仕方があると思う。一つは、インターネット
上のバーチャルな授業である以上、その枠組みに慣れるように割り切ってもら
う、ということである。ケータイ世代にとっては、この割り切り方は、それほ
ど困難なものではないだろう。もう一つは、いわゆるオフ会(コンパ)をして、
親睦を深めるということである。履修者の居住場所が比較的近接している場合
には、この伝統的手法はインターネット上の人間関係を深めるのに大いに役立
つと思われる。

インターネット授業は自分のライフスタイルに合っていた、という意見も多
かった。特に、就職活動をしていた人に対して、インターネット授業という形
態は大きな満足を与えたようだ。昼間の就職活動を終えて、夜、自宅で参加で
きるインターネット授業は、従来、就職活動のために学びの機会を犠牲にしな
ければならなかった学生に対し、新しい学びのスタイルを提示していると考え
られる。
わからないところを繰り返し聞けたのがよかった、という感想は毎回かなり
多い。また、インターネット授業の数を増やして欲しいという要望や、海外の
大学の授業も聴講できるようにしてほしいという要望もあった。特定の教員だ
けでは対処できない、こうした要望に対しては、大学全体として取り組んでい
く姿勢が不可欠である。


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◇ インターネット授業に対する疑問 ◇
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インターネット授業に関連して、よく尋ねられる質問を三つ紹介し、簡単に
答えておきたい。

一つは、インターネット授業は効率重視で人間味に欠けるのではないか、と
いう疑問である。インターネット授業の学習効率が高いことは確かであるが、
それを提供するためのパーソナルな手間暇は教室授業以上である。インターネ
ット授業が教室授業に対して補完的役割を果たすことは先にも述べたとおりで
ある。しかし、数百人もの学生を教室に詰め込んで行われるマスプロ授業に比
べれば、インターネット授業ははるかに人間味に富んでおり、結果的に旧来の
マスプロ授業を淘汰していく可能性を秘めている。ただし、パーソナルな手間
暇を一人の教員がすべて背負い込むことには限界がある。その意味では、大学
全体としてのサポート体制がなければ、インターネット授業を継続的に拡充し
ていくことはかなり困難であると言える。

二つ目は、出席確認をどのようにするのか、という疑問である。これに対し
て完全な解決方法は今のところない。先にも記したとおり、わたしの場合、毎
回の小レポート提出が出席確認を兼ねている。米国での資格試験取得のための
インターネット授業には、授業の途中にパスワードが出てきて、それを記入す
ることによって、出席確認をするようなシステムもある。最終的には、本人確
認をどのようにするのかという問いに帰着するが、教室授業でも同様の問題を
いまだに抱えているので、これによってインターネット授業を批判するのは妥
当ではないだろう。

三つ目は、なぜ神学部に所属しているわたしがインターネット授業をしてい
るのか、という問いである。つまり、工学部のような理工系の教員がやるのな
らわかりやすいが、神学という古風なイメージを持った学問から、なぜインタ
ーネット授業のような最先端の取り組みが生じてくるのか、という疑問である。
これに対しては様々な答え方ができるが、さしあたり、欧米でインターネット
授業が「ユビキタス・ラーニング」とも呼ばれている点に着目したい。ユビキ
タス(ubiquitas)とはラテン語で、いつでも、どこでも(presence
everywhere)の意味を持っている。ユビキタスは現在、情報関係で使われるこ
とが多くなったが(ゼロックス社のパロアルト研究所に在籍していたM.ワイザ
ーが1991年に用いたのが最初と言われている)、そもそもユビキタスは、神の
「遍在」を問う言葉として用いられてきた神学史的背景を持っている。個人が
得た神認識や神の恵みの経験は、他者とどのようシェアーできるのか。そうし
た問いに関心を寄せてきた者にとっては、インターネット授業は、「学ぶ」と
いう恵みの分かち合いに他ならないのである。わたしの事例からも類推される
ように、インターネット授業は人文系・社会系の学問とも高い親和性を持って
おり、情報学を中心とした理工系の学問領域とのみ結びつけられると、本来の
幅広い適用可能性を狭めてしまうことになる。


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◇ 大学として必要な体制(ハード面) ◇
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最後に、インターネット授業を実施するために必要な大学としての体制をハ
ード面とソフト面に分けて考えてみたい。

個人として、実験的にインターネット授業を試みる場合には、安価なサーバ
ー機を動画配信サーバーとして使えばよい。機能やサポートは限定されるが、
動画配信のための無料ソフトを使うこともできる。しかし、正規の授業として
配信する場合には、帯域を確保した専用のサーバーを大学として設置すること
が必要である。同志社大学の場合、リアル・サーバーを稼働させているが、配
信のシステムとして、リアル・ネットワークス社のものを使うか、マイクロソ
フト社のものを使うかは、判断に悩むところである。それぞれ一長一短があり、
また、どちらがデファクト・スタンドードになっていくのか、今の時点では、
はっきりしないからである。判断する際の一つの基準として、コンテンツ作成
のためのソフトがどちらにおいて、より充実しているか、という点をあげるこ
とはできるだろう。今のところ日本では、マイクロソフト社のWindows Media
形式に対応したコンテンツ作成ソフトが多く出ている。ちなみに、マイクロソ
フト社はProducerという、かなり高機能なソフトを無償で配布している。

利用者側のネットワーク環境がこの数年で激変したことも、考慮しなければ
ならない。多くの学生がブロードバンド接続でインターネット授業を視聴する
ようになると、ナローバンドを想定して作成していた動画のサイズも見直さな
ければならない。より高画質の動画配信が可能になると、必然的に、より良質
のカメラワークが必要になってくる。1台のデジタル・ビデオカメラで定位置
から録画するだけでは、大画面での視聴に耐える映像を録ることは難しいだろ
う。良質のインターネット授業を配信しようとすれば、おのずと、それに応じ
た教室設備が必要になるということである。たとえば、スタンフォード大学で
は、6台のロボット・カメラを遠隔操作しながら、授業風景を収録していると
いう。いきなりこのレベルまで行くのは難しいにしても、マルチメディア機器
によるプレゼン設備が整っているだけの教室ではいかにも役不足である。


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◇ 大学として必要な体制(ソフト面) ◇
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大学が取り組むべきソフト面の課題としては、サポート体制の確立、教員と
職員の協力関係の形成をあげたい。これまでは、どのような授業をするのか、
どのような教育をするのかは、ある意味で教員の聖域とされてきた。職員は口
を出せないし、時には、何をやっているのか関心すら持たないような雰囲気さ
えある。しかし、インターネット授業に関しては、両者の協力関係が大きな役
割を果たすと言える。たとえば、最新の技術情報であるとか、どのようにすれ
ば効果的に配信できるのかといったことは、一人の教員だけでカバーできるも
のではない。また、コンテンツ作成まですべての作業を一人の教員に負わせる
ようでは、インターネット授業の裾野は広がらないだろう。

求められているのは、コンピュータのスキルではなく、すぐれた教育コンテ
ンツなのであるから、それを配信するためのサポート体制がなければ、インタ
ーネット授業は、コンピュータおたく教員の仕事というレッテルを貼られるこ
とになりかねない。このような状況では、インターネット授業が大学教育変革
のための起爆剤としての役割を果たすことなど、到底望むことはできない。

インターネット授業にとって大事なのはデジタル・コンテンツを配信するこ
とだけでなく、その双方向的な教育効果にある。オンライン上とはいえ、一人
の教員が責任を持って面倒を見ることのできる履修者の数には上限がある。そ
れは50名程度であろうか。この上限を押し上げていくためには、専門的知識を
持った大学院生などが授業補助者として、質疑応答に参加していくことが求め
られる。そうした授業補助者はアメリカでは「メンター」と呼ばれているが、
訓練された優秀なメンターがいるかどうかによって、履修者の授業に対する満
足度が大きく変わってくると言われている。

アメリカでは5年ほど前に本格的なオンライン型授業が始まったが、今や、
市場原理に従って、その多くがふるい落とされつつある状況にある。勝負の明
暗を分けた最大の要因の一つが、サポート体制の充実度であることが、いくつ
かの報告書で指摘されている。おそらく同様の経過を、日本の大学もたどるこ
とになるだろう。

また、海外の大学との交流をインターネット授業によって進めようとする構
想は、すでにいくつかの大学が持っている。こうした交流をベースに、国内外
の諸大学との単位互換制度を拡充し、学生に対し、多様な学習機会を与えるこ
とは、近未来の大学行政にとって重要な責務の一つになるのではないかと思う。


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◇ 大学教育の評価 ◇
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これまで大学を評価するためには、受験生などからすれば、偏差値といった
物差しくらいしかなかった。大学が提供する教育の中身はその概要が示される
程度に過ぎない。しかし今後、インターネット授業が本格化してくれば、それ
ぞれの大学がもっている教育の中身が丸見えになっていくことになる(「丸見
え」にすることを戦略として選択したのが、MITのオープンウェア構想である)。
また、大学だけはなく、一人ひとりの教員が持っている教育力自体が測られて
いくことになる。同時に、教育する力、すなわち教育業績を適切に評価できる
システムを各大学が持っているのかどうかが問われてくるに違いない。そうな
れば、どれだけ良質の教育コンテンツを持っているか、つまり、教育力のある
教員をどれだけ多く擁しているかが、大学のプレステージのアップに大きく影
響してくる。

教育業績という、日本ではこれまでほとんど評価されてこなかった領域を、
どのように評価していくかという課題が、インターネット授業の展開によって、
いっそう顕在化されていくことになる。こうした様々な副次的効果をインター
ネット授業が持っているとすれば、多くの教員や大学が本格的な取り組みを開
始することが、結果的に、日本の高等教育の質的向上に寄与することになるの
ではなかろうか。


[筆者の横顔]

小原克博(こはら・かつひろ)。1965年生まれ。同志社大学大学院神学研究科
博士課程修了。博士(神学)。現在、同大神学部助教授。専門は、キリスト教
思想、比較宗教倫理学。
Personal Site:<http://www.kohara.ac/>
E-mail address:katsuhiro@kohara.ac


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