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研究活動

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「信仰の土着化とナショナリズムの相関関係──「宗教の神学」の課題として」、『基督教研究』第70巻第2号

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キーワード
土着化・文脈化、ナショナリズム、宗教の神学、近代化、一神教

KEY WORDS
Indigenization/Contextualization, Nationalism, Theology of Religions, Modernization, Monotheistic Religions

要旨
 信仰の土着化をめぐる議論は、キリスト教史全体に見られるが、本稿では、近代国民国家の形成期以降に焦点を当て、信仰の土着化が「ナショナルなもの」と不可分の関係にあったことを考察する。同時に、ナショナリズムを考察するための神学的枠組みを検証し、その有効性を、世俗的ナショナリズムと宗教的ナショナリズムの緊張関係の中で問うていく。また、土着化・文脈化の議論の中で繰り返し現れてくる近代主義的なディスコースの問題点を指摘する。そして、その作業を通じて、従来の「宗教の神学」が、多様な宗教との対話可能性を模索しながらも、その宗教理解から排除していたものが何であったのかを明らかにし、宗教概念の周縁に位置づけられてきたものの中にこそ、考慮すべき対象があることを示唆する。最後に、「宗教の神学」が「一神教の神学」および「文脈化の神学」と批判的・一体的な地平で取り扱われるべき必要性があることを示す。

SUMMARY
The indigenization of faith can be seen throughout the history of Christianity. This paper focuses on the period after the formation of modern nation-states and clarifies the inseparable relationship between the indigenization of faith and nationalism. At the same time, I will examine some theological frameworks to consider nationalism and verify their validities in the tensions between secular and religious nationalism. I would also like to point out the problems of modernist discourses that have repeatedly appeared in discussions on indigenization as well as contextualization. These attempts will clarify what the theology of religions has excluded from its view of religion and suggest that what has been relegated to the fringe of religion is paradoxically worthy of consideration. In conclusion I suggest that a theology of religion must be embodied in the critical and seamless horizon with a theology of monotheistic religions as well as contextual theology.


1.はじめに
 信仰の土着化をめぐる議論は、キリスト教史全体に見られるが、本稿では、近代国民国家の形成期以降に焦点を当て、信仰の土着化が「ナショナルなもの」と不可分の関係にあったことを考察する。そして、その作業を通じて、従来の「宗教の神学」が、多様な宗教との対話可能性を模索しながらも、その宗教理解から排除していたものが何であったのかを明らかにし、宗教概念の周縁に位置づけられてきたものの中にこそ、考慮すべき対象があることを示唆する。
 19世紀後半から20世紀前半にかけて、世界の各地で、西洋の近代化・植民地政策に対抗する形でナショナリズムの興隆が見られた。しかし、その後、冷戦状況や国際協調の時代の中でナショナリズムは次第に沈静化していった。1980年代には、後期産業社会においては「ナショナリズムに基づく紛争の激しさが減少する」(ゲルナー 2000、202)という予測さえ立てられた。しかし、そうした予想を裏切る形で、冷戦終了後、20世紀の最後の10年間において、多様なナショナリズムが猛威をふるうことになり、その中には宗教的ナショナリズムも含まれていた。そして、ナショナリズムをめぐる問題の多くは21世紀に持ち越されている。
 こうした事情は、世俗化論と平行関係を有している。戦後、世俗化論は宗教社会学や神学の課題として論じられてきた。1960年代に注目された「神の死の神学(Death of God Theology)」やハーヴィー・コックス(Harvey Cox)の『世俗都市──神学的展望における世俗化と都市化』(原著1965年)なども、その副産物である。多様な論が展開されてきたとはいえ、そこで前提とされていたのは、欧米キリスト教社会に限らず、どのような社会も遅かれ早かれ世俗化され、それは不可逆の現象であるということであった。ところが、1980年代以降、世界中で宗教復興運動が現れてくる中で、従来の世俗化論は根本的な見直しを迫られることになる1。本稿では世俗化論を中心的テーマとしては取り上げないが、ナショナリズム論と世俗化論の見直しが決して偶然の平行現象ではないことに注意を喚起しておきたい。ナショナリズムの興隆と宗教復興運動の出現は、近代化をめぐる大きな相関関係の中で取り扱われるべき課題を共有している。
 現代のナショナリズム論において、その先駆的研究者とされるハンス・コーン(Hans Kohn)以降、種々のナショナリズムは「市民的ナショナリズム(civic nationalism)」と「民族的ナショナリズム(ethnic nationalism)」といった二分法的類型論の中で整理され、西洋リベラル社会においては後者を克服して前者へと到達することが民主主義の理想にかなうと考えられてきた。この理解のもとでは、宗教的ナショナリズムも、最終的には市民的ナショナリズムに統合されていくことを求められる。
 ところで、国民国家の中で、特定の宗教がホスト社会において「土着化」を志向するとき、それは単に文化的な接触・交流を意味するだけでなく、ナショナルな価値観や国民国家への同化を避けて通ることはできない。近代日本におけるキリスト教も、その一例となる。同時に、伝統宗教は国民国家の中で「再土着化」するプロセスを経て、近代精神の一部に新たな形で組み込まれていく。
 では、そのような近代国家の形成にとって「宗教」とは何であったのか。従来「宗教の神学」は、「世界宗教」や、それに準ずるような諸宗教をキリスト教にとっての対話の相手と見なしてきた。しかし、近代国家の枠組みで語られる「宗教」は意図的に、多くの宗教性を前近代的な「迷信」として排除し、同時に、ある特定の宗教性(たとえば、近代日本における天皇制イデオロギー)を他の「宗教」に優位するものとして除外してきた。キリスト教は自らを「宗教」として自明視してきたことによって、何が見えなくなっていたのか。宗教とナショナリズム、およびそれらを支えている近代国民国家の価値観を批判的に問うことによって、「宗教の神学」の新たな課題を提起したい。

2.ナショナリズムと宗教
 ナショナリズムをどのように理解するかという議論は、膨大かつ多岐にわたる。ここでは、宗教との関係において争点となってきた事柄を素描し、同時に、ナショナリズムに対する神学的・宗教学的な理解の枠組を示す。そのことによって、我々が課題とすべきことは何なのか、また、そのために必要な方法論上の留意点がどこにあるのかを明らかにしたい。
 ナショナリズム論の圧倒的多数が前提にしている事柄の一つは、国民国家(nation-state)の形成と分かちがたく結びついているナショナリズムは「近代化」の産物だということである。共同体への帰属や忠誠心はいつの時代もあったと言えるが、それらが対面的あるいは血縁的な地域共同体を基盤に形成されていた近代以前と異なり、国民や国家は、ある種の「想像」(たとえば、均質な国民性・言語・文化の共有)に基づいて構築された共同体であると言える。ベネディクト・アンダーソンはそれを「想像の政治的共同体(imagined political communities)」と呼び、その特徴を以下のように語る。

国民は想像されたものである。というのは、いかに小さな国民であろうと、これを構成する人々は、その大多数の同胞を知ることも、会うことも、あるいはかれらについて聞くこともなく、それでいてなお、ひとりひとりの心の中には、共同の聖餐(コミュニオン)のイメージが生きているからである(アンダーソン 1997、24)。


 「共同の聖餐(コミュニオン)」という表現は、近代国家や国民という共同体が何かしらの宗教的起源を持っていることを連想させるが、現実には近代国家は「世俗性」をその「近代性」の一部として組み込むことになった。少なくとも、西洋に端を発する近代国民国家は、特定の宗教に依存することのない自立した統治システム(民主主義、官僚主義など)や価値観(秩序原理)を求めた。そのような立場からすれば、「宗教」とは何かということも、国家によって規定されてきた一面を持ち、「宗教」を超歴史的・普遍的な概念としてではなく、近代的な概念としてとらえる必要がある。
 ところで、近代国民国家の形成過程において、宗教が排除されてきたかというと、事実はそれほど単純ではない。国ごとに異なる様態があることは言うまでもないが、宗教運動がナショナリズムに合流したり、国家が宗教的イデオロギーによって国民統合を果たそうとした例は枚挙にいとまがない。そのような動向は、第二次世界大戦後の世界においても、引き続き各地で見られる。
 では、ナショナリズムのような強いイデオロギーに対し、神学はどのような説明や警告を与えてきたのであろうか。その一例をパウル・ティリッヒ(Paul Tillich)の次の言葉に見ることができる。

プロテスタント原理は、(中略)相対的な現実に対してなされる、いかなる絶対的な主張にも──それがたとえプロテスタント教会によってなされたとしても──抵抗する神聖かつ人間的なプロテストを含意している(Tillich 1951, xii)。


 ここでプロテスタント原理は、相対的な現実を絶対視(神聖視)しないという意味では「偶像崇拝の禁止」に近い聖書原理として理解することもできる。この視点から、いかなる国家もまた国家元首も、神のごとき存在として神格化されるべきではないという批判的視座を得ることができる。この視点をさらに神論を軸にして分析的に展開したのが、H・リチャード・ニーバー(Helmut Richard Niebuhr)の『近代文化の崩壊と唯一神信仰』(原著1960年)である。
 ニーバーは唯一神主義、単一神主義(社会的信仰)、多神主義という三つの類型を軸にして西洋文化に潜在してきた問題を指摘し、結論的に唯一神主義を厳密化した形で徹底的唯一神主義(radical monotheism)を提案する。ニーバーは「神々」という言葉を「価値の中心または目的」(ニーバー 1984、31)を意味するものとしてとらえることによって、彼の用いている類型を宗教共同体のみに限定せず、広く社会学的な価値を説明するものとして利用している。たとえば、単一神主義は社会的信仰として、自らが属している集団やその精神を絶対化することによって「多数の中の一つ」に過ぎないものが他を排除する閉鎖社会を形成していく原理である。この単一主義への誘惑に対しては、唯一神主義を主張する宗教共同体も決して無縁ではない(同、35-36)。この点では、先のティリッヒの指摘と軌を一にすると言ってよいであろう。
 また、単一神主義における中心的な価値が分裂することによって、自己と社会の多元主義の中に対応物を持つ多神主義が生じる。このような多神主義は特に近代的な問題ではなく、社会的信仰が崩壊したあらゆる時期に現れるとニーバーは言う(同、38-40)。しかし、現代の多神主義とは何かと問うならば、それは国家に内属する多元主義として答えることができるであろう。ここにニーバーの考察の範囲を越える近現代特有の問題を指摘することができる。ニーバーが「国家主義は、国の繁栄やその存続が生の最大目標とされる場合いつでも、常に信仰としての性格を示している」(同、35)と語るとき、国家も単一神主義的な意味で「宗教」としての性格を持つことを警告している。しかし、現代社会においては、この国家に対する社会的信仰(単一神主義)が崩壊して、多神主義がそれに続くのではなく、国家が存在したまま、国家の世俗性を成立させる重要な機能として多元主義が存在している。いわば多神主義を内包した単一神主義という、この一見矛盾した構造こそが、ナショナリズムと宗教の錯綜した関係の多くが置かれている今日的な場であることを強調しておきたい。
 ニーバーによれば、忠誠心を示さない個人や集団を共同体から排除する単一神主義の排他的性格を究極的に抑制するのが、存在そのものを善とする徹底的唯一神主義であるが、この立場はあくまでも希望や目標の次元を越え出るものではない(同、86)。ナショナリズムや宗教が関与する価値対立的な問題を収束させる一つの「共通善」モデルとして徹底的唯一神主義を提起することは大きな意味を持つであろう。しかし、ニーバーの主張に従えば、キリスト教ですら、このモデルの正しい実践者であると自己同定することは許されないのであり、それを徹底した自己相対化の論理として適用するのが現実的な課題となる。
 以上概観したティリッヒやニーバーのように、国家をはじめとする特定の存在が神格化されることに対し、キリスト教神学、とりわけプロテスタント神学は批判的な理解の枠組みを持っていたと言える。しかし、実際の歴史の中では、プロテスタント的な背景を持った国々が、他の宗教的背景を持った国々と比べ、ナショナリズムの興隆に対し、十分な抑制力を持ち得たとは言い難い。そこで次に、ナショナリズムと宗教の関係を現代の文脈で整理する上で頻繁に用いられるようになった世俗的ナショナリズムと宗教的ナショナリズムを、ユルゲンスマイヤー(Mark Karl Juergensmeyer)の理解を通じて一瞥しておきたい。
 ユルゲンスマイヤーは「秩序のイデオロギー」に注目し、宗教も世俗的ナショナリズムも共に社会の中で秩序を維持あるいは強化する働きを負うが、まさにそれゆえに両者は競合関係に立つ場合もあると言う。しかし、一見対立するかのように見える両者の間に大きな類似性があることを彼は次のように説明している。
 

〔世俗的ナショナリズムと宗教は〕包括的な道徳秩序の枠組み、すなわちそれに所属する人々に究極的な忠誠を命じる枠組みを与えるという、倫理的な機能を果たす。(中略)ナショナリズムと宗教がもつ、殉教と暴力に道徳的許可を与える力ほどに、明確に忠誠の共通様式が現れているものは、他のどこにも存在しない。(ユルゲンスマイヤー 1995、28-29)


 素朴な帰属心を「殉教と暴力」にまで高めるメカニズムや、その行為を正当化する論理を探求し、それを抑制する道を模索することは、ただ「テロに対する戦争」を声高に喧伝することより重要な課題であるに違いない。その手がかりを世俗的ナショナリズムと宗教的ナショナリズムの近接性と緊張関係の中に探ろうというのである。ユルゲンスマイヤーは、ナショナリズム概念が「西洋の構築物」であることを認識した上で、世俗的ナショナリズムは宗教的ナショナリズムを収容し得たのかと問う。そして、中東、南アジア、旧共産主義諸国の事例研究を通じて、それが必ずしもうまくはいかなかったことを示している。
 西洋では、政教分離の原則を前提として近代国家の形成がなされた。また同様に、非西洋世界においても、社会生活を公的領域と私的領域に区分し、宗教活動を私的領域に配置すれば、近代的で寛容な社会を実現できると考えられ、実際、西洋列強による植民地統治下では、そのような政策が行われた。20世紀初頭の宗教的ナショナリズムが、しばしば西洋近代に対する反対運動として起こった理由もここにある。イスラーム圏においては、近代化には世俗化が不可欠であると考え、また事実上、政教分離を志向した国もあったが、他方、近代化と世俗化を厳格に区別し、イスラーム的理想の中で近代国家の形成を求めた宗教的ナショナリズム、たとえば、イスラーム主義運動も多数現れてきた2。
 しかし、ここで注意しておくべきなのは、「世俗的」と「宗教的」を対立的な二分法として理解すべきではないということである。実際、ユルゲンスマイヤーの理解は二分法的な傾向を有しているが、それは公的領域と私的領域を区分する西洋的伝統を図らずも反映していると言える。近代化や世俗化への対抗としてのみ宗教的ナショナリズムをとらえるのではなく、新たな秩序原理を求めた近代そのものの産物として宗教的ナショナリズムを受けとめる必要のあることを強調しておきたい。そうすることによって、宗教的ナショナリズムを安直に「近代からの逸脱」と見なそうとする誘惑から距離を置くことができからである。この誘惑に対する批判的な距離感がなければ、ティリッヒが語るプロテスタント原理も、プロテスタント主流派の自己正当化の論理として働き、その反作用として、宗教的ナショナリズムを時代錯誤的な偶像におとしめることになりかねない。また同様に、自らを近代的価値の体現者と見なしがちな西洋キリスト教の立場からすれば、ニーバーの語る単一神主義や多神主義も、政教分離を是としない宗教運動や、ゲリラ的に活動せざるを得ない反体制的抵抗運動を批判し、封じ込めるための方便として用いられかねないのである。

3.近代化と信仰の「土着化」
 ナショナリズムと宗教が分かちがたい関係にあることを見てきたが、宗教がナショナリズムへと一足飛びに結合するのではない。ナショナリズムに向き合う前に、伝統宗教であれ、外来の宗教であれ、近代国家という新たな共同体にいかに帰属するか、という問いが伏在していた。言い換えれば、「土着化」「インカルチュレーション」「文脈化」への欲求が、宗教とナショナリズムの関係に先立ち、両者の関係を媒介している。そこで次に、土着化論あるいは文脈化神学(contextual theology)の議論を援用して、宗教とナショナリズムの関係を神学的な視点から考察するための論点を整理したい。
 伝統的な土着化論では、キリスト教とホスト社会との関係を文化的次元で考察することが多かった。すなわち、文化的な衝突や文化的な受容が中心的な論点とされてきた。その意味では、従来の土着化論では、ナショナリズムを含む政治的な次元を視野に入れた議論が十分に展開されてきたとは言い難い。
 ここで日本の事例を考えてみよう。内村鑑三のように、キリストへの忠誠と日本への忠誠の間で葛藤した人物は存在したが、そうした緊張関係は神学的に十分な整理をされることなく、戦前においては、日本のキリスト教のほぼ全体がナショナリズムのうねりの中に引き込まれていった。総じて言えば、戦前には、ナショナリズムは信仰の土着化の大前提とされたのであり、ナショナリズムそのものが批判的に対象化されることはほとんどなかった。その反動と言ってよいと思われるが、戦後の土着化論の中では、国家は言うに及ばず、「日本的なもの」に接近することに大きな警戒心が向けられることになった3。もちろん、戦前・戦中においてナショナリズムと一体化した歴史を教訓的に振り返るなら、そのような批判的距離の取り方は当然の帰結でもある。しかし結果的に、戦後の土着化論においても、国家やそれが持つ機能を学問的に対象化することは十分になされてこなかったのではなかろうか。ナショナリズムが反信仰的なものとして措定されることによって、それが発生してくる状況に対する神学的洞察は、積極的には展開されなかったのではないか。ナショナリズムと宗教をめぐる問題は、21世紀におけるグローバルな課題であるだけでなく、日本の神学が射程に入れるべき固有の来歴を有している。
 こうした事情も踏まえながら、次にナショナリズムを土着化論や文脈化神学の中に、どのように位置づけることができるかを考えてみたい。土着化に関する多岐にわたる議論の中で、それらを整理するための類型論がすでにいくつも存在している。キリスト教の文化への適応を扱った20世紀の代表的な著作として、H. R. ニーバーの『キリストと文化』(原著1951年)をあげることができるが、これも広い意味では土着化に関する類型論と見なすことができる。ニーバーは五つの類型(文化に対立するキリスト、文化のキリスト、文化の上なるキリスト、逆説におけるキリストと文化、文化の変革者キリスト)をあげたが、文化に敵対的か、順応的かという二つの対極的類型の間に他の三つの類型を配置した(ニーバー 1969)。ニーバーに限らず、土着化や文脈化の問題は、テキストとコンテキストの関係の解釈として一般化することができる。つまり、福音というテキストを自文化(自国)あるいは異文化(他国)のコンテキストの中でどのようなアクセント(解釈上の重み)をつけて読解するか、ということである。テキストの固有性を重視すれば、その基幹的内容を維持しながら、それをコンテキストに正しく移植することが土着化の主眼となる。また、コンテキストの固有性に着目すれば、コンテキストとの相関関係においてテキストの有用性が計られることになる。このような大きな極性の間をつなぐ媒介として、他の類型を位置づけることができるであろう。
 もう少し具体的に検討するために、一例としてビーバンス(Stephen B. Bevans)の『文脈化神学の諸モデル』を取り上げてみよう。彼は、キリスト教の文脈化を論じるために五つの類型(翻訳モデル、人間論モデル、実践モデル、総合モデル、超越論モデル、対抗文化モデル)をあげているが、テキスト重視の「翻訳モデル」(あるいは「対抗文化モデル」)とコンテキスト重視の「人間論モデル」が大きな二つの柱となっている。後者の人間論モデルは、ビーバンス自身によって「民族学的モデル」と呼び変えられていることからもわかるように、ナショナリズムの形成を語る上で、もっとも適合性の高いモデルであると言える。このモデルでは、人間や人間社会の中に神的啓示を見いだそうとする。すなわち、コンテキストを基本的に信頼に値するものとみなし、そこには、すでに必要な「種子」(神の言葉)が蒔かれていると考える(Bevans 2002, 57-58)。その反面、このモデルには、コンテキストに対し無批判になり、また、文化を本質主義的かつ固定的にとらえてしまう「文化ロマンティシズム」への誘惑が絶えず潜んでいるとビーバンスは指摘する(Bevans 2002, 60)。この指摘は、まさにナショナリズムに内在する問題点にもつながっていく。自らが置かれている生活の場がいかに大切なものであったとしても、それが偏狭な自国中心主義、自文化中心主義になってしまえば、ナショナル・アイデンティティに同化し得ない国内外の「他者」は排除されていくことになる。こうした危険性をナショナリズムが持ち得ることを「人間論モデル」は適切に表現していると言えるであろう。
 ところが、同じビーバンスがこのモデルが持つ問題点を次のような例示によって語っていることは、皮肉にも、従来の土着化論に欠落していた視点が何であったのかを浮き彫りにしていて興味深い。そして、そこには「宗教の神学」の新たな課題として引き受けなければならない点も含まれるので、少し長くなるが引用してみよう。

イランにおけるムスリムは確かにイランの文化に触れており、それはアフガニスタンにおけるタリバーンがアフガニスタンの文化に触れていたのと同様である。イランのムスリムは徹底して土着的なイスラームを実践しており、可能な限り、西洋の影響を封鎖してきた。しかし、このような孤立が最終的に個々人の利益となっているかどうかは、はなはだ疑わしい。アメリカ合衆国のキリスト教を形成するのに、同時に今日の世界における米国の役割を配慮しないとすれば、それは恥ずべきことであろうと私は思う。21世紀の幕開けにおける人類の全体的状況は、相互依存的でグローバルな意識によって特徴付けられているのであって、小ぎれいに説明できる文化集団(neatly definable cultural groups)の中に閉じこもるものではない(Bevans 2002, 60)。


 ここでビーバンスは、悪しき孤立化の例としてキリスト教ではなく、イランのイスラームを引き合いに出しているが、この種の説明の仕方は、コンテキスト重視型の土着化論においては決して珍しいものではない。自国の文化や伝統に過度に執着し、国際社会のスタンダードな価値観から結果的に逸脱することは、当該国民自身にとってもよくないという主張である。一言で言えば、反西洋の宗教的ナショナリズムへの批判である。
 しかし、上記の主張は、当のイランは言うまでもなく、イスラーム圏の多くの地域で受け入れられることはないであろう。最大の問題点は、ある特定の文化集団を「孤立している」(記述的表現)と語るにとどまらず、国際社会から「孤立させるべき」(規範的表現)という主張に変移していくディスコースが、この種の説明に組み込まれがちだということである。「グローバルな意識」(上記引用)から語られる近代主義的ディスコースは、記述的であると同時に規範的な機能を負っている。
 また、オリエンタリズム批判において繰り返し指摘されてきたことであるが、コンテキストを重視する際に、コンテキストを単純化してしまう危険性もある。宗教の土着化論に関して言えば、現実に存在している一宗教内部の多様性や、それぞれとのナショナリズムとの微妙な位置関係が捨象され、一つのイメージ(多くの場合、危険なイメージ)で宗教と国家が結びつけられることが少なくない。
 ビーバンスの理解では、イランのムスリム(シーア派)は、西洋のような政教分離システムを持たず、自らの宗教伝統によって国策を正当化する宗教的強権国家ということになる。しかし、イランでは「ナショナルなもの」への理解は決して一枚岩ではない。イラン・イスラーム革命(1979年)の直後には、イスラーム以前の文化伝統、具体的にはペルシア的な風俗・儀礼・音楽などが徹底して弾圧された。そして、西洋社会や、そこから派遣された宣教師たちが、しばしばキリスト教以外の宗教を「迷信」と見なして排除したように、革命直後のイランでは、イスラーム的でない多くのものを「迷信」として排除することによって、新たな「近代化」への一歩を踏み出したのであった。ところが、イスラーム以前の「ペルシア的なもの」への愛慕は尽きることなく受け継がれており、ナショナリズムへの源泉は多様である。また、シーア派内部においても、それらに対する理解は決して一様ではない。
 土着化論や文脈化の議論に誠実に取り組みながらも、「イスラームは平和を希求するよい宗教なのだが、ナショナリズムと結びついた特殊な集団(国家)はいただけない」といった形で、コンテキスト解釈を特定の視点から恣意的にコントロールすることは十分に起こり得る。先の引用で言えば、そのことは、イランのムスリムを(アメリカからテロリストの代表格とされてきた)タリバーンと並置しようとする点にも端的に表れていた。しかし、現実の問題の深さを矮小化する、このようなアプローチは、グローバル化が進んでいるからこそ生じざるを得ない複雑な問題を解決するどころか、問題の本質を隠蔽することになりかねない。
 いずれにしても、信仰の土着化・文脈化の議論をより有効に展開していくためには、ナショナリズムと宗教の複合的な関係を丁寧に読み解いていく必要がある。そして、近代ナショナリズムが西洋から派生しながらも、もはやキリスト教世界の内部で完結しない広がりを持っている以上、「宗教の神学」において、その課題を受けとめていかなければならないであろう。

4.「宗教の神学」にとっての課題
 「宗教の神学」は、キリスト教と他の宗教の関係をテーマとするが、その関係のあり方をめぐって、いくつかの類型化がなされてきた。その分類学的探究の意義については、ここでは問わない。そうした取り組みの中で、相互理解や実践的な「寛容」精神の重要性が説かれ、また、絶対性の主張が衝突しないようにするためには「多元主義」が望ましいと考えられてきた。多元主義モデルの持つ問題性についてはすでに別のところで論究しているため(小原 2007)、ここでは繰り返さないが、これまで述べてきた議論を踏まえれば、寛容と多元主義といったリベラルな価値規範を唱えるだけでは、ナショナリズムの絡んだ複雑な問題を解決するに至らないことは明らかであろう。
 「宗教の神学」にとって再考すべき最大の課題の一つは、それが前提としてきた「宗教」概念である。近代的な概念として構築され、使用されてきたこの言葉を、キリスト教は内在化し、また自らを「宗教」の一つとして当然視してきたがために、「宗教」概念に刻印された近代性・世俗性・キリスト教的特性を自覚することなく、それをある種の普遍概念として他の宗教に適用することが少なくなかった。「宗教の神学」に限らず、一般的に他の「宗教」がテーマとして対象化されるとき、それは仏教、イスラームなどの「世界宗教」であり、ヒンドゥー、ユダヤ教などの伝統宗教であった。ここで神学的課題として問わなければならないのは、そのような「宗教」概念によって何が見落とされてきたのか、あるいは、何が見えにくくなっていたのか、ということである。
 近代日本における宗教概念の形成も、この種の問いと深い関係を持っているが、それについてもすでに論究しているので(小原 2007; 2008a)、ここでは端的にそこでの結論の一つを引き合いに出し、それがより広い課題として共有され得ることを確認しておきたい。

近代日本の「宗教」概念の外延の一方の彼方には、「宗教」を超越する秩序原理として位置づけられた国民道徳や天皇制イデオロギーがあり、もう一方の彼方には、そうした秩序原理に反する「迷信」として抑圧された〈民俗的なもの〉があった(小原 2007、42)。


 これまでの文脈に従って言い換えるなら、宗教的ナショナリズムと、反近代の烙印を押された「迷信」(数々の民俗宗教、儀礼)は、共に「宗教」にあらざるものとされ、結果的に、それらは世俗的ナショナリズムのアイデンティティ・ポリティクスの一部として機能させられた、ということである。言うまでもなく、これは近代日本に限定される事柄ではなく、近代化に向き合った多くの地域で、様々なバリエーションをともなって現れてきた。アジアにおいても、その事例を多く見いだすことができる4。前近代的のものを私的領域に追いやり、公的領域を国家が管理するという世俗主義のもとに近代化を急いだ国々において、それは必ずしも計画通りに進まず、かえって世俗主義や多元主義に抵抗する宗教運動が勃興してきたのである(Keyes et al. 1994, 2)。
 近代国民国家が「宗教」とは何かを定義づけ、「迷信」に準ずるものを近代化の名のもとに公的領域から排除していく。かつてローカルな信仰共同体が担っていた権威は、国家によって収奪され、国家のもとに一元化されていく。このようなコンテキストの中で、信仰の土着化とは実質的に国民国家への一体化と同義である。日本仏教のように、すでに長い伝統を持つ宗教であっても、国家(国体)への忠誠を示すという行為を通じて、国家とそれが示す国民道徳へと「再土着化」しなければならなかった5。キリスト教やその他の新興宗教も、「ナショナルなもの」へと土着化する道を避けることはできなかった。迷信扱いされた民俗宗教やそれに付随する祭儀やローカルな芸術(民芸)に、キリスト教が価値を見いだし、そこに根を張ろうとすることはほぼ皆無であった6。近代ナショナリズムを視野に入れて土着化をまとめるなら、それは人々が生きる生活の場としての「パトリア(郷土)」に張っていた(具体的な)根を切断し、「想像の共同体」としての国家に対し、新たに(抽象的な)根を張り直すプロセスであったと言える。
 「宗教の神学」が、ただキリスト教を相対化し、寛容の精神を普遍的課題として語り続けるだけであれば、「宗教」が含意する近代性・世俗性・普遍性のディスコースは、「宗教」の射程からこぼれ落ちる他者と真に向き合うことの困難さから、我々の関心をそらし続けることになるであろう。

5.総括
 具体的な根を切り離し、抽象的な根を張り直すという近代的抽象化の激流に、多くの国民が否応なく呑み込まれていった。しかし、その抽象化がもたらした、ある種の浮遊感、あるいは「故郷喪失」の感覚は、信仰者を含む、少なからぬ人々の間に不安やいらだち、そして時には取り返しのつかないほどの絶望感をもたらすことになった。「ナショナルなもの」への希求と、根を張る土地を見いだすことへの根源的欲求が激しく衝突した例の一つにイスラエルとパレスチナの間の確執をあげることができるであろう。その確執の目撃者である一人のユダヤ人として、ヤエル・タミール(Yael Tamir)は、近代国家が前提とするリベラルな価値観や政治体制(リベラル・デモクラシー)だけでは解決に至らないことを論じ、次のように課題をまとめている。

とはいえ、21世紀中にわれわれがナショナリズムの衰退を目撃することはないであろう。20世紀の偉大な勝利者とみられるリベラルは、勝利者の「栄誉」をナショナリズムと、そして恐らくは宗教原理主義とさえ「分かち合うべきこと」を認めなければならない。そしてリベラルは、ナショナルな信条が、リベラルの思考法、価値観、規範、行動様式、社会正義概念、そしてリベラルが支持する多くの政策に対しても重要な何かを訴えているのではないか、と問うてみる必要がある(タミール 2006、52)。


 従来の「宗教の神学」は、紛れもなくリベラルの道具としての役割を果たしてきた。上述の引用を用いれば、それは「勝利者」の道具であったと言える。だからこそ本稿では、「勝利者」の目から十分に見えなかったものは何であったのか、を繰り返し問うてきたのである。近代的価値を体現するリベラルな社会では、宗教の違いに関わらず、公共領域で合理的な討議をする権利が保障されている。このような寛容な社会の実現にこそ、それぞれの「宗教」が資するべきと「宗教の神学」は考えてきた。しかし、そこで前提にされている「宗教」は、近代性と共存できるタイプの宗教に意図的に限定されてきたのではないか、ということを本稿では考察してきた。タラル・アサド(Talal Asad)の言葉を借りれば、近代社会においては「リベラルな言説が仮定するものを受け入れる宗教のみが、推奨の対象となる」(アサド 2006、241)。そしてそれゆえに「公共領域は、単に合理的討議の場であるだけでなく、排除の空間でもある」(アサド 2006、242)。先に引用したタミールの主張に従えば、この「排除の空間」によって排除されたものがナショナリズムであり、宗教原理主義であった7。それらが、本稿で、世俗的ナショナリズムと宗教的ナショナリズムと呼んできたものにそれぞれ対応していることは言うまでもないであろう。
 そして、アサドが、搾取的ナショナリズムとして「西洋」を経験せざるを得なかったイスラームを視野に入れ、タミールが近代国家イスラエルにおけるユダヤ教のあり方を視野に入れていることを総合するなら、そこで示唆される、我々が求めるべき「宗教の神学」の新たな地平は、一神教研究の地平からの批判的なまなざしのもとに、それと接合される必要があるということになる。ここでは、そのような神学的機能を負った一神教研究を「一神教の神学(theology of monotheistic religions)」と呼んでおきたい。「一神教の神学」は、多元主義的でリベラルな「(諸)宗教の神学」に包摂される一部を占めるのではなく、むしろ、その全体構想(宗教概念を含む)を批判的に対象化していく〈外部からの視線〉として位置づけられるべきなのである。
 「一神教の神学」の必要性に加え、以上において述べてきた課題に向き合っていくための神学的見通しを、最後に簡単にまとめておきたい。ナショナリズムに対し批判的・建設的距離をとりながら、同時にキリスト教を祖型としない様々な宗教性(霊性)を射程にいれるためには、まず、ナショナリズムや宗教概念に負わされてきた超文脈的(trans-contextual)な特性を相対化する作業が必要である。そのためには、「宗教の神学」(theology of religions)を中立的政治空間(≒「排除の空間」)の中で問うのではなく、「文脈化の神学」(contextual theology)と一体的に扱っていく視点が求められる(contextual theology of religionsの必要性)。しかし、それだけでは十分ではない。コンテキストを単純化せず、むしろコンテキストの重層性やダイナミズムを認識するためには、以下のようなフレームワークの設定が役に立つと思われる。

1)intra-contextual theology of religions
 「パトリア」および、それに起因する郷土愛や民俗信仰、さらには愛国心を神学的課題として対象化していく。その作業を通じて、ナショナリズムが穏健なものから過激なものまで、どのような価値や伝統の源泉を持っているのかを考察する。また、ナショナリズムが過激なものへと変移しないための条件設定を、宗教との関係において模索する。
2)inter-contextual theology of religions
 特定の国家をコンテキストとする地域研究だけでは、ナショナリズムや宗教復興運動のグローバル化を説明することができない。また、文脈化神学が自国のキリスト教のあり方を排外主義的な形で展開する危険性を抑止できる神学的視点は必須である。国境によって区分することのできない、コンテキスト間の歴史的なつながりや流動性に対する共通認識を深めることを通じて、自国史の特殊性(たとえば「日本の神学」の可能性)をより広い視野で位置づけ、国際社会に貢献する独自の道を模索することが可能となる。

 本稿は、なさなければならない神学的課題の一部を描いたに過ぎないが、21世紀という時代が近代から引き継ぎ、抱え込んでいる「他者と真に向き合うことの困難さ」がいかに大きく、深遠なものかを垣間見てきたのである。


(付記)
 本稿は、日本基督教学会 第56回学術大会(2008年9月16〜17日、関東学院大学で開催)における研究発表「信仰の土着化とナショナリズムの相関関係──「宗教の神学」の課題として」に加筆修正したものである。また本稿は、科学研究費補助金(基盤研究(C))「非欧米型宗教間対話と政治状況の相関関係----東アジア・中東を中心にして」(課題番号:18520056)の研究成果の一部である。


1 世俗化論の見直しの一例として、ピーター・バーガーをあげることができる。彼は、自らの立場も含め、従来の「世俗化論」に誤りがあったことを認め、反世俗化(counter-secularization)運動が各地で興隆している現実を指摘する(Berger 1999, 2-3)。
2 アサドは、イスラーム主義にナショナリズム的特性があるとする通説を踏まえた上で、そこで問うべきなのは、イスラーム主義者が宗教的思想と政治的思想を融合させているかどうかではなく、むしろ、なぜイスラーム主義が政治的言説として公に出現せざるを得ないのか、であると主張する(アサド 2006、260)。この指摘は「宗教的」と「世俗的」の分離を暗黙の前提としてしまう西洋型のナショナリズム理解へのアンチテーゼとして有効である。
3 「日本的なもの」に接近することへの警戒として、しばしば、やり玉に挙げられてきたのがシンクレティズムとシャーマニズムであった。たとえば土居真俊は、日本における福音の土着を語る中で、踊り念仏や新興宗教はすべてシャーマニスティックであると批判し、「キリスト教が大衆のパトスと結びつく場合には、(中略)聖書的カリスマから出たパトスであるか、日本古来のシャーマニズムから出たパトスであるかを厳密に弁別しなければならないであろう」(土居 1962、48)と主張している。こうした主張は、戦後の土着化論の中では一般的なものであったと言える。
4 キースらは、中国、韓国、タイ、マレーシア、インドネシア、カンボジアなどの事例を通じて、世俗主義に抵抗して起こった、アジアの宗教運動を多様に描き出している(Keyes et al. 1994)。
5 日本宗教の「再土着化」の前提となったのは、国民道徳(公的領域)が宗教(私的領域)に優位する形で公私の境界設定がなされた「日本型政教分離」である。そこではそれぞれの宗教の存在価値は、国民道徳との距離、言い換えれば、国民道徳への〈根の張り具合〉によって評価された(小原 2008b、222-225)。
6 土地に根ざした民俗的なものや芸術の価値に注目し、民芸運動を起こした人物に(1889-1961)がいる。彼はナショナリストとしての一面を持っていたが、同時に、過剰な文明化に反対する反近代主義者でもあった(スティール 2005、133-135)。柳の民芸運動は、排外主義的なナショナリズムに対する解毒剤の役割をも果たしており、近代日本のキリスト教が見過ごしてきたものを知る上で貴重であると言える。
7 ここでは引用文との関係上、「原理主義」という言葉を用いているが、この言葉はまさに何が受容され、何が排除されるべきなのかを切り分ける言葉として用いられてきた経緯を持つため、その使用に関しては慎重さが求められる(小原・中田・手島 2006、3-4)。


引用文献一覧
Berger, Peter L. ed. 1999 The Desecularization of the World: Resurgent Religion and World Politics. Grand Rapids: William B. Eerdmans Publishing Company.
Bevans, B. Stephen 2002 Models of Contextual Theology. revised and expanded edtion. New York: Orbis Books.
Keyes, F. Charles et al. 1994 Asian Visions of Authority: Religion and the Modern States of East and Southeast Asia. Honolulu: University of Hawaii Press.
Tillich, Paul 1951 The Protestant Era. trans. James Luther Adams. Chicago: University of Chicago Press.
アサド、タラル 2006 『世俗の形成──キリスト教、イスラム、近代』(中村圭志訳)みすず書房。
アンダーソン、ベネディクト 1997 『増補 想像の共同体──ナショナリズムの起源と流行』(白石さや、白石隆訳)NTT出版。
ゲルナー、アーネスト 2000 『民俗とナショナリズム』(加藤節監訳)岩波書店。
小原克博 2007 「宗教多元主義モデルに対する批判的考察──「排他主義」と「包括主義」の再考」、『基督教研究』第69巻第2号、23-44頁。
──── 2008a 「近代日本における「宗教間対話」──宗教概念の形成と政教分離を中心に」、『基督教研究』第70巻第1号、41-54頁。
──── 2008b 「近代日本における政教分離の解釈と受容」、洗健・田中滋編『国家と宗教──宗教から見る近現代日本』上巻、法蔵館、199-241頁。
小原克博・中田考・手島勲矢 2006 『原理主義から世界の動きが見える----キリスト教・イスラーム・ユダヤ教の真実と虚像』PHP研究所。
スティール、M・ウィリアム 2005 「東は西、西は東──反近代主義と民芸の発見」、熊倉功夫、吉田憲司編『柳宗悦と民藝運動』思文閣出版、115-139頁。
タミール、ヤエル 2006 『リベラルなナショナリズムとは』(押村高ほか訳)夏目書房。
土居真俊 1962 「日本における福音の土着──その神学的考察」、日本基督教団信仰職制委員会編『福音の土着』日本基督教団出版部、39-48頁。
ニーバー、H・リチャード 1969 『キリストと文化』(赤城泰訳)日本基督教団出版局。
──── 1984 『近代文化の崩壊と唯一神信仰』(東方敬信訳)ヨルダン社。
ユルゲンスマイヤー、マーク 1995 『ナショナリズムの世俗性と宗教性』(阿部美哉訳)玉川大学出版部。