小原克博 On-Line

研究活動

研究活動

「終末論の解釈学的考察――黙示文学と知恵思想をめぐって」、『基督教研究』第61巻第2号

Ⅰ 問題の所在
Ⅱ 黙示文学的終末論における問題設定
Ⅲ 知恵の教師としてのイエス
Ⅳ 知恵思想と黙示文学的終末論の間
Ⅴ テスト・ケース――アジアにおける「神の国」



Ⅰ 問題の所在

 イエスは何を伝え、また何者であったのか、という問いに対し、神学は伝統的に「神の国」をイエスの中心的メッセージの一つとして理解し、間近に迫った神の国の到来を宣べ伝える終末論的人物としてイエスを説明してきた。そのような理解は、ある意味でキリスト論の前提とされ、多くの組織神学者たちによって共有されてきたと言える。その際、イエスのメシア的使命を根拠づけるために、「人の子」という称号は、黙示文学的伝統の中で独特な終末論的機能を与えられてきた。つまり、「神の国」や「人の子」といった終末論的言説をイエスの口に直接的に帰することによって、イエスの独自性を際立たせ、同時に、イエスの十字架・復活に関する解釈学的根拠を準備することは、方法論上の合意事項であったのである。
 しかし、近年の聖書学の動向、とりわけ北米におけるその動向を直視するなら、今述べたような暗黙の前提が必ずしも成り立たないことがわかる。イエス研究は、従来の文献学的方法に加え、文化人類学・考古学・社会学などの洞察やモデルを体系的に利用することによって、様々な新しい成果を生み出しつつある。端的に言うなら、広く共有されてきた終末論的預言者としてのイエス像が大きく揺らいできているのである。そして、新たなイエス像として、とりわけ非黙示文学的な「知恵の教師」としての姿が活発な議論の対象とされている。もちろん、その議論は始まったばかりであり、確固としたイエス像が新たな形で成立しているわけではない。また、その細部に言及することは、本論文の主旨ではない。しかし、これまで神学において前提とされてきた黙示文学的イエス像に対する合意が解体しつつある事実は、神学(組織神学)にとって、その思考の基盤を問われるラディカルな問題提起となるはずである。なぜなら、キリスト論を構築する際に、イエスが黙示文学的終末論と密接に関連づけられるか、それから切り離されるかは、救済論をはじめとする他の教義学的緒論にも影響を及ぼしうる、きわめて根幹的な問題だからである。さらに言うなら、イエスをどのような人物として語るかという点においては、実践神学、特に説教学にもかかわってくる。
 また、別の視点から見れば、この新たな状況には、徐々に分離しつつある聖書学と神学との今後の関係への問いかけが含まれている。聖書学は、すでに与えられている資料を対象に歴史批評的作業を積み重ね、その中でたとえば、より蓋然性の高いイエス像を提示しようとする〈記述的〉学問としての性格を強めている。その限りで聖書学は、記述の結果に拘束されないという自由を有している。それに対し、神学、特に組織神学や教義学は、信仰者の生を具体的に方向づける〈規範的〉学問として機能している。記述的学問と規範的学問とは区別されなければならないが、それは両者が無関係であって良いということを意味しない。とりわけ、組織神学は、聖書学の成果にどの程度、拘束され、そこから自由であるのかを吟味する必要がある。終末論的イエスという合意の解体後、聖書学は史的イエスについて決定的な姿を記述することができないにしても、ある程度の蓋然性を持った姿を着実に示し始めている。組織神学はその蓋然性の幅をどのように受けとめ、自らの規範として受容していくべきなのであろうか。

本論文は、黙示文学的預言者と知恵の教師の間を揺れ動くイエス像を概観しつつ、その流動性を恣意的に凝固させずに、むしろ両極の間で生み出される神学的な力学関係に解釈学的な意味を与えていくことを目標とする。そして、その意図を明確に伝えるためには、最初に「終末論」という言葉の意味を確認しておくことが不可欠である。なぜなら、人間の個人的な死の問題や、国家の滅亡、世界の終焉、最後の審判など、終わりにかかわるすべてのテーマをいきなり終末論の中に読み込んでしまうと、イエスが終末論的人物であったか否かという議論は意味をなさなくなってしまうからである。そのように広義の意味で終末論を理解すれば、イエスが終末論的人物であったことは明白である。それどころか、イエスに限らず、ほとんどすべての宗教家を終末論的人物と呼ぶことさえできるであろう。したがって、以下の論述では、言葉の指示領域が拡大する傾向にある終末論に対し、狭義の意味づけをし、それを明示するために「黙示文学的終末論」という言葉を中心的に用いることにする。それによって期待される意味内容は、終末論の語義的な厳密化を求める新約聖書学者のM・J・ボーグ(Marcus J.Borg)に従えば、次のようになる。「(1)時間的な未来性、(2)劇的な神の介入が、公然として客観的に間違いようのない仕方で起こり、その結果、(3)徹底的に新しくされた事態となり、この新しい事態は、更新された地上においてであれ、あるいは別の世界においてであれ、とにかく神の民の正しさの立証を伴う」[1994=1997:145f.]。つまり、ここでは客観的に認知可能な世界の変容が問題とされているのであり、実存論的に解釈される個人の内面的意識変革や、歴史内における個人や社会・国家の終わりについては「黙示文学的終末論」の対象外としなければならない。


Ⅱ 黙示文学的終末論における問題設定

 先の定義に従えば、黙示文学的終末論の意味における世界の終焉をわれわれは経験していない。しかし、イエスの言葉、とりわけ「神の国」「神の支配」2についての言説の中に、その現在性と未来性を共に読みとることができる以上、それらの調停に神学が取り組んできたことは当然であると言える。たとえば、一方に「しかし、わたしが神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ」(マタ14:25、平行箇所ルカ11:20)や、「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」(ルカ17:20-21)といった現在性の表現があり、他方に、「はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」といった未来性の表現がある。それらの間に不可避的に生じる言語的緊張関係をどのように弛緩させ、安定した解釈構造を与えるかは、教会の歴史内の位置づけにも関係する、きわめて根元的な問いを含んでいる。ただし、ここでは、どの言葉が史的イエスに帰することのできる信憑性を持っているかについて子細な関心を向けるより、むしろ、時として矛盾をはらんだ二つの要素が混在しながら伝承されてきた結果に対して、神学がどのような解釈学的な枠組みを与えてきたかについて考えたい。
 A・シュヴァイツァー(Albert Schweitzer)、J・ヴァイス(Johannes Weis)らによって、イエスの黙示文学的説教者としての特異性が再発見され、それは今世紀におけるイエス理解に決定的な影響を与えることになった。シュヴァイツァーはイエスの世界認識と現代人の世界認識との間に越えがたい断絶を見たが、そのイエスから現代人にとっての意義を取り出そうとした一人にR・ブルトマン(Rudolf Bultmann)がいる。「今日では、イエスの神の国の表象が終末論的であることについて、それを疑う者はいない」[1975=1983 : 184]とブルトマンが語るほど、彼の同時代人において、程度の差こそあれ、イエスが終末論的な世界像を持っていたことは広く受容されていたことがわかる。そこでブルトマンが理解している「終末論的」とは、われわれが先に定義した黙示文学的終末論とほぼ同義であり、彼自身の言葉で言い換えれば、それは「神話論的終末論」であった。すなわち、イエスが彼の同時代人たちと共有していた終末論においては、神の超自然的な介入が間近に期待され、悪魔の追放や奇跡的ないやしの業がその兆候として見なされていたのであり、そういった古代の世界理解をブルトマンは神話論的と呼ぶのである。彼は神話論的に彩られたイエスのメッセージを実存論的に解釈することによって、現代人にとっての有意味性を抽出しようと試みる。時間論的には、黙示文学的終末論が内包する未来性を現在的決断へと移し替え、空間論的には、その宇宙論的な次元を個人主義的な次元へと転写させることによって、現代人に理解しやすい意味構造を生み出している。
 方法は異なるが、P・アルトハウス(Paul Althaus)やK・バルト(Karl Barth)らのいわゆる「永遠の終末論」も類似した意味構造を持っている。アルトハウスが「われわれは歴史の軸を最後までたどっていくことによって完成に至るのではない。そうではなく、それは、いかなる地点でも歴史の上に垂直軸(Senkrechte)を立てることによってなされる。つまり、いかなる時も同等に完成に対し直接的な関係にある。この意味で、いかなる時も終わりの時である」[1922 : 84]と述べたように、時間は永遠の相が現れる場として、その距離感を止揚されている。ここでは、永遠と刻々の現在が直結されている。

 ヴァイス、シュヴァイツァーらが放った終末論の衝撃は、今世紀において、実に多様な終末論理解を生み出したが、少なくとも、欧米の神学界においては、その衝撃は現在と未来という直線的時間軸の間で反復されたと言ってもよいであろう。言い換えるなら、イエスが語った神の国・神の支配は「今すでに」(jetzt schon)現在実現されているのか、あるいは、「いまだなお」(noch nicht)未来において実現されなければならないのか、という問いの間を、終末論的衝撃は行き来しているのである。「今すでに」と「いまだなお」に対する強調点の置き方は様々であるにせよ、その両方が同時に語られるべきだとする点に、今世紀の終末論の共通項を見いだすことができるであろう。しかし、時間を軸にした終末論解釈は、果たして、イエスの終末論の本質に肉薄しているのであろうか。J・モルトマン(Jurgen Moltmann)の言葉を借りれば、それは「見せかけの解決」[1995=1996 : 31]に過ぎないのではなかろうか。「今すでに」あるものが明日失われるかもしれないこと、そして「いまだなお」期待していることが成し遂げられないままに、生を終えなければならないかもしれないことをわれわれは知っている。われわれは限られた生を生きなければならい。その中で、「いまだなお」という未来性は、時間の進行と共に現在に近づき、その未来性を刻々と消化され、しばしば、実現しなかった「いまだなお」として過去に移されていく。「今すでにある」現実は、次の瞬間に過去のものとされる危機にさらされている。そこで、失われつつある「今すでに」の空所を「いまだなお」によって充当しようとしても、それはある種の時間かせぎをしているに過ぎない。歴史的将来が容赦なく過去へと飲み込まれていく不可逆的進行こそが、苦悩する世界の現実であることに対し、時間軸を中心にした終末論解釈は十分な解答を提起しているとは言えない。また、それらは本来黙示文学が有する、いつくかの要素を省略あるいは簡略化することによって、現代人に対するわかりやすさを獲得している。たとえば、黙示文学的終末論の宇宙論は個人の内面世界に置き換えられ、歴史の危機は「永遠」といった概念に仲介されながら、現在の決意性や危機意識に変換される。
 こういった事情に対し批判的な取り組みをしている者として、W・パネンベルク(Wolfhart Pannenberg)やモルトマンなどがいるが、いずれも黙示文学的終末論を現在に還元して考えるのではなく、むしろ、そこに現在を凌駕する契機を見出そうとしている。パネンベルクは「歴史」の客観的・普遍的側面を強調することによって、「今すでに」ある人間の理解――そこには啓示も含まれる――が歴史そのものによって克服されていくことを述べる。また、モルトマンは、黙示文学的終末論の中で見過ごしにされてきた宇宙論の次元を回復しつつ、終末論が個人の決断に還元されない社会性、とりわけ社会変革的な側面を持っていることを強調する。さらに彼は、時間論的に解釈されてきた従来の終末論を批判し、その代案として、新しいもの(Novum)の「到来」を語る[1995=1996 : 61-65]。
 ただし、彼らもまた彼らの終末論を語る際に、黙示文学と結びついた「神の国」「神の支配」をイエスに由来する神学的土台の一つとして採用している。しかし、先にも述べたように、当然の土台とされてきた概念が、今や聖書学の領域において、かつての合意を失いつつある。その意味では、60年代以降、パネンベルクやモルトマンらが、それ以前の終末論解釈を根本的に見直す必要があったように、今また、現在のイエス研究に対応した新たな終末論が求められているのではなかろうか。少なくとも、黙示文学的終末論やそれと結びついたイエス像のみを機軸にして、神学的規範性を語ることに対し、われわれは慎重でなければならないであろう。そこで、次に「神の国」を一つの切り口にしながら、新しいイエス像の特色を概観し、それが組織神学に対してもたらす意味を考えてみたい。


Ⅲ 知恵の教師としてのイエス

 イエスの宣教の中心主題と見なされてきた「神の国」は、「人の子」の称号と共に、黙示文学的預言者としてのイエス像にその根拠を与えてきた。来るべき「人の子」の言説が、切迫した神の国到来のイメージを補完してきたことは言うまでもないが、その「人の子」言説も「神の国」と同様、黙示文学的イメージとの結びつきを相対化されつつある3。ここでは、神の国をめぐる解釈に議論を絞るが、神の国をめぐる近年の聖書学の成果を、さしあたり次の二点にまとめることができるであろう。
 第一に、切迫した神の国の到来を史的イエスに帰することが自明ではなくなってきた。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マコ1:15)は、伝統的にイエスの宣教開始の言葉として間近な神の国の到来を主題化するのに大きな役割を果たし、また、神の国は共観福音書全体を通じて、たとえや論争の形で繰り返し現れている。その意味では、確かに神の国は多様なイエス伝承を統合し、全体像を想起させるための重要な役割を担っている。しかし、問題は、神の国を黙示文学的終末論の中に位置づける根拠は必ずしも明確ではない、という点にある。つまり、イエスが神の国について語ったとしても、それ自体は切迫性の要素を含んでいないことが指摘されている。編集史的に言えば、神の国の切迫性は、イエスにではなく、イエス伝承の編集者に遡るという見解が多くなりつつある。たとえば、ボーグは、神の国の切迫性を印象づけるマルコ福音書1章15節、9章1節、13章の小黙示録は、ユダヤ戦争や神殿破壊の脅威に誘発されたマルコの終末論的期待の強化を表現していると推測している4[1994=1997 : 173]。

 第二に、神の国の非黙示文学的解釈の中に説得力を持つもつものが現れてきている。つまり、従来のように神の国を時間的な切迫性という視点から考察したり、「今すでに」と「いまだなお」という時間論的緊張関係の中に位置づける方法とは異なる解釈が現れてきている。たとえば、J・D・クロッサン(John Dominic Crossan)は、イエスの時代に神の国に4つの類型があったことを想定し、その内、現在的で「知恵志向的」(sapiential)、かつ貧農を中心とする神の国運動にイエスを位置づける。クロッサンによれば、知恵志向的な神の国は、黙示文学的な神の国と同様、終末論的な性格を帯びることがあり、それゆえ、世界否定的な傾向も小さいとは言えない[1994=1998 : 100-105]。
 確かに、これらの見解がすでに広範な合意を獲得しているとは言えないが、新たな潮流を形成しつつあることは間違いないのであり、その意味で、もはやこの現状を等閑視することはできないであろう。神の国をはじめとし、様々なイエス伝承の批判的検討を通じて、北米を中心として注目されつつあるイエス像は、知恵の教師としてのイエスである。このような理解が生まれるきっかけを作ったのは、トマス福音書の研究――それは非黙示文学的なイエスを描き、かつイエス伝承の初期のものを含むとされている――や、Q資料の研究の本格的な進展である。逆の言い方をすれば、これらの資料の信憑性に疑義を挟み出せば、新たなイエス像の基盤も揺らぐ可能性がある。しかし、イエスの格言・たとえ・警句・自然についての発言などを含む知恵の様式は、知恵がイエス伝承のかなり中心的な部分を占めていたことを十分に示唆している。もちろん、その知恵とは、既存の社会秩序を維持するための因習的な知恵ではなく、かえって、社会的な因習・常識を覆すような変革的な働きを示している。その意味では、知恵の教師としてのイエスは、黙示文学的伝統と方法は異なるが、同様に強い世界否定の要素を有している。

 確かに、切迫した神の国の到来を説く黙示文学的説教者としてのイエス像と、知恵の教師としてのイエス像は容易に共存できない。また、かつての終末論的合意が解体しつつあるとはいうものの、イエスを知恵思想と黙示文学のどちらに近接させるべきか、という議論は決着がついたわけではなく、現在も進行している。ただ、確認しておくべきことは、この二つのカテゴリーは二律背反として存在しているのではないということである。非黙示文学的なイエス、知恵の教師としてのイエスを語る場合でも、それはイエスが黙示文学的な言説とまったく無縁であったということを意味しない。イエスは時として黙示文学的なイメージを用いたにしても、それは当時の一般的な観念を転換させるような仕方でなされた。いずれにせよ、黙示文学的終末論はイエス伝承を解釈する上での独占的なマクロ・コンテキストではあり得ないという留意を、知恵の様式が促すのである。
 史的イエスをめぐる研究はまだ流動的であり、新たな合意が形成されるまでには時間がかかるにせよ、現時点でかなりの蓋然性を持って確認される、知恵の様式や知恵思想に対し、組織神学はどのような応答をすべきであろうか。聖書学において完全な合意が得られていないという理由によって、それに対する無関心を装うことは決して賢明な態度とは言えない。むしろ、知恵という新しい聖書的主題が、組織神学にどのような内的緊張をもたらすかについて考察すべきである。また、近年の組織神学の趨勢を省みるならば、次のような知恵思想との意義深いかかわりや、知恵思想によって開かれる可能性を指摘することができる。
 第一に、イエスと知恵文学との結びつきは、イエスのユダヤ人としてのアイデンティティを明確に想起させる。イエスは何者であるのか、という問いを前にして、「まことの人であり、まことの神である」というカルケドン信条の定式に従うことも、また、ロゴス・キリスト論、キリストの先在説などの枠組みで答えることも可能である。しかし、そういった解答だけでは、今日聖書学が明らかにしようとしているイエスの実像に迫ることはできないであろう。豊富な知恵の様式の発見を通じて、イエスがユダヤ的伝統の中で生きたことが明瞭にわかるにつれ、キリスト教の絶対性を誘引するキリスト論も根本的な見直しを迫られるに違いない5。

 第二に、先の点の展開として、知恵思想は諸宗教間の対話を押し進める一助となることが考えられる。諸宗教との出会いの初期の段階において、キリスト教はしばしば、啓示という視点から、宗教を序列化し、最終的にキリスト教をその序列の最高位に位置づけることを繰り返してきた。また、黙示文学的終末論を代表するヨハネ黙示録の解釈において、最終的に救われるべき民としてのキリスト教徒(より具体的には、自らが属する教団)が想定され、他の宗教の信仰者たちはもっぱら裁きの対象と見なされることが少なくなかった。黙示文学的終末論の中にしばしば見られる善悪二元論は、一方で、正義と悪を峻別するという宗教的要請に応えているが、他方、それは他者排除と自己絶対化という誘惑への入り口にもなっている。イエスの言葉の中には、当時広く共有されていた善悪二元論を前提とする終末論への批判が見られる。黙示文学的終末論が分離・断絶させる機能を持っているとすれば、知恵は既存の意味を転換し、分かれたものを仲介する働きを担っていると言える。あらゆる宗教が因習的な知恵を持っているが、イエスの特質としての転換的な知恵の働きは、そういった因習的な知恵の間に潜在する転換的な知恵と共鳴し、共同の知恵の実践を生み出す可能性があるのではないか。
 第三に、知恵の思想は、フェミニスト神学が提起している課題に対し、重要な役割を果たし得る。教会の歴史の中では、男性的な神のイメージが支配的であったが、それに対し、フェミニスト神学は、知恵が神の女性的側面を表していること、また、知恵が聖書の中で重要な役割を果たしていることを再発見しようとしている。そのような事情を、E・S・フィオレンツァ(Elisabeth Schussler Fiorenza)は、初期イエス伝承を社会的・政治的構造の視点から考察することによって、説得的に描き出している。彼女によれば「イエスの生と死についての最初期のパレスチナ神学の記憶と解釈は彼をソフィア(知恵)の使者として理解し、後にはソフィア自身として理解する。最初期のキリスト教神学はソフィア論なのである」[1983=1990 : 210]。それゆえ、イエスは知恵の預言者、ソフィアの子としての自意識を持っていたとフィオレンツァは推測するのであり、また、イエスは神を神的ソフィアという女性の姿としてとらえたという。

 第四に、知恵の思想は、エコロジーの問題に対し、キリスト教的な応答をするための基盤を与えてくれる。自然を操作・搾取する知識ではなく、そのあるがままの姿を受容する知恵は、新たなキリスト教的自然観を生み出す可能性を持つ。R=R・リューサー(Rosemary Radford Ruether)らによって指摘されているように、現在の世界の破局後に更新された世界が出現するという黙示文学的イメージに安易に依存することは、エコロジカルな視点からは決して許容することができない[1994 : 85]。今日の生態学的危機に対応するためには、黙示文学的終末論とは異なった世界像・歴史理解が必要とされているのである。また、知恵文学における自然理解は直線的な時間理解ではなく、循環的な時間理解への注意を促している。
 以上の指摘を踏まえるなら、組織神学的作業としては、終末論的預言者としてのイエスに限定するより、知恵の教師としてのイエスをもキリスト論の中に包括していった方が、より多くの現代的諸問題を射程に入れることができると言える。黙示文学と知恵思想は容易に合一できない緊張関係を有しているが、それは黙示文学的終末論の内部で神の支配が現在か、未来か、と問うより、はるかに意味のある展望を与えてくれのではなかろうか。しかし、知恵思想と黙示文学的終末論の間に意味ある力学関係を見出すために、次に、なぜ初期の教会が黙示文学的終末論を積極的に取り入れようとしたのかを問う必要がある。



Ⅳ 知恵思想と黙示文学的終末論の間

 イエスがどの程度、非黙示文学的であり、知恵の教師としての姿を有していたかについては断定できないにしても、そういった要素を多分に持っていたことをもはや否定することはできない。しかし、もしそうであるなら、初期の教会はイエスの実像を歪曲し、黙示文学的語り手という誤ったイエス像を捏造したことになるのであろうか。知恵のイエスが黙示文学的なイメージの中で語られるようになった背景には、単にユダヤ戦争・神殿崩壊を含む終末待望的な世相が影響しているだけでなく、何らかの解釈学的な位相の変位があるに違いない。
 ここでは、問われるべき問題点を際立たせるために、パネンベルクとモルトマンにおける黙示文学的終末論の位置づけを対比させる。この二人は、黙示文学的終末論がイエスの弟子集団の転換点において果たした役割を積極的に評価するが、それがヘレニズム世界に伝搬するプロセスに対しては、きわめて対照的な理解を示している。そしてそのことは、黙示文学的終末論が異文化においてどのように位置づけられるのか、という問いへとつながっていくことになる。

 パネンベルクは、イエスの復活を語るための欠くことのできない下地として黙示文学的終末論を位置づける。その理解は、彼の様々な著作に現れているが、それが端的に表現されている初期の論集『歴史としての啓示』の中では、次のように記されている。「黙示文学の歴史理解と終わりの時の死人の甦りの黙示文学的待望との関連においてはじめて、イエスの復活は、終わりの先取りの出来事としての意味を持っているのである。(中略)この待望の枠の中で、復活したイエスの出現は、ひとつの言語〔表現〕を得たのであった」[1961=1982 : 225]。さらに続けて、パネンベルクは、イエスの復活を頂点とする終末論的特色の当然の帰結として、異邦人へのキリスト教宣教を位置づける。特に初期キリスト教宣教にとって大きな意味を持ったのは、ヘレニズム世界におけるグノーシス思想であった。しかし、イエスの復活という出来事を言語化するために必要とされた黙示文学的な下地は、ヘレニズム世界には存在しない。したがって、下地の存在しないところで、イエスの出来事をどのように描写することができるのか、という問いが当然出てくる。この問いに対し、パネンベルクは、黙示文学的待望とグノーシス的な啓示思想の間にある対立に注意を喚起しながら「キリスト教の宣教は、イエス・キリストの運命における神の啓示の普遍性と究極性とを、広くは、グノーシス的な啓示の表現を通して表現し得た」、また、「原始キリスト教の神学によるグノーシスの融合化は、実際には、イエスを復活させた神を、ユダヤ人の神としてだけではなく、異邦人の神としても認識させ得るという、機能を持っていた」と語るのである[1961=1982 : 231]。彼にとって、キリストの出来事がその意義を理解され、表現されるためには、黙示文学的終末論が不可欠であり、同時に、その意義がユダヤ的伝統を越えて普遍的な地平を獲得するためには、グノーシス思想との融合がきわめて積極的な役割を果たしているのである。
 他方、モルトマンは近著『神の到来――キリスト教的終末論』の中で「黙示録的終末論は必要か」という問いを立てながら、ユダヤ教黙示文学とキリスト教の福音との間に決定的な局面の移行があることを語る。彼によれば、「期待された『時の転換点』は、この世界の時の終わりにおいて初めてくるのではなく、むしろ、『今すでに』この世界のただ中にある」[1995=1996 : 351]。つまり、初期の教会は、キリストの到来と霊の注ぎによって、万物の新創造がすでに始まっていると信じていたために、世界の転換点について語る黙示文学的終末論を取り入れたのだとモルトマンは説明する。しかし、そこから別の問いが生じてくる。万物の新創造とも言える事態を引き起こしたキリストの一回的な勝利を信じるにもかかわらず、なぜ、繰り返し、戦い・敗北・復活・勝利の場面が演出される黙示録的表象を予期したのであろうか。モルトマンは「キリスト論的な、『すべてに対し一回限り』は、『繰り返し』新たな最後の戦いの黙示録的予期と、どのように調和するのであろうか」[1995=1996 : 353]と自らに問いを投げかけながら、それに対し、「キリストの終末論的一回性は、歴史的に終局史的に模写しうるし、現に模写されている」[1995=1996 : 354]と答えている。黙示文学的表象の意義をモルトマンは「模写」(Abbildung)というキーワードによって説明しようとしている。すなわち、世界の終わりがいかに描写されようとも、それを根拠づけている時の転換点はただ一回限りの出来事であることを、モルトマンは「模写」という概念によって巧みに説明している。
 また、彼によれば、黙示文学は、キリスト教の希望の教えを安易な楽観主義から守る役割をも果たしている[1995=1996 : 356]。その視線の先には、キリスト教的終末論を実存主義へと矮小化させないために、宇宙的終末論へと拡大しなければならないという、『希望の神学』以来続いている彼の主張が見えている。彼にとって、宇宙的終末論への拡大は、パネンベルクとは異なり、何か普遍主義のためではなく、ひとりの神を語るために、救済と創造の一致のために必要なのである。そして、宇宙論を持たない終末論は必然的にグノーシス的救済神話にならざるを得ないとして[1995=1996 : 388-389]、パネンベルクとは正反対とも言えるグノーシス思想への態度を示している。モルトマンにとって、宇宙論は自然科学的な世界像の展開を意味するのではなく、それは「新しい天と新しい地」を待ち望む黙示文学的希望の内に包摂されている。つまり、キリスト教的終末論が正しく成立するための前提条件として、黙示文学的宇宙論が必要とされているのである。

 以上のようなパネンベルク、モルトマンによる黙示文学的終末論の神学的位置づけは、イエスが黙示文学的人物であったのか、知恵の教師であったのかという議論とは距離を保ちつつ、その妥当性について議論することができるであろうか。それぞれ、終末論をめぐる論点は異なるが、いずれも、日常的な言語で語り尽くすことのできないイエスの出来事に弟子たちが直面させられることによって、黙示文学的要請が生じたことを語っている。イエスという求心力を失った弟子集団が、復活後の信仰共同体を支えるビジョンとして黙示文学的終末論を取り込んだということは十分にあり得る。しかし、黙示文学的表象によって語られざるを得なかったイエス――そのイエス自身は非黙示文学的であったかもしれない――が、伝承の過程で、黙示文学的イエスに変容していく解釈学的な変位に対し、われわれは可能な限り注意深くなければならない。したがって、黙示文学的終末論の文脈の中で語られる神の国を直接的にイエスに帰することについても慎重である必要がある。
 しかし、モルトマンが「イエス・キリストの神的本質と特質は、キリストの歴史、その苦難と復活から認識されるが、それ以外の源泉からは認識されることも、前提されることもできない」[1989=1992 : 121]と語るとき、非黙示文学的なナザレのイエスへの道を早々に閉ざしてしまっている。教義学的な本質論が、本来豊かであるはずのイエス像を痩せ細めているとすれば、それは聖書学と教義学との関係にとって不幸であるだけでなく、黙示文学的終末論の神学的位置づけが、最初から黙示文学的イエスを想定しているという解釈学的循環に陥っていることを露呈する。
 さらに、この二人の組織神学者を対比させることによって生じる、考察すべき課題は、黙示文学的終末論は、イエスのメッセージ、たとえば神の国を伝達するための不可欠な媒体であるか、という点である。パネンベルクは黙示文学的待望をグノーシス思想と融合させることによって、イエスの出来事を語る下地を伸張させた。モルトマンは、宇宙的終末論への拡大によって、グノーシス的救済神話を経ることなく、創造と救済の一致した黙示文学的成就を語ろうとする。いずれの主張がより的確であるかを論ずる前に確認しなければならないのは、両者ともユダヤ的伝統とヘレニズム的伝統の緊張関係を問題としており、それゆえ、それを説明する論理は地中海・ヨーロッパ精神史というコンテキストにおいて最大の説得力を持つ、という当然の事実である。別の見方をすれば、それとは異なったコンテキストにおいて、キリスト教宣教にとって黙示文学的終末論が不可欠な媒体であるかどうかという問いは、曖昧なまま残されていると言えよう。

 そこで次に、これまでの考察を踏まえながら、一つのテストケースとして、神の国というイメージがアジアにおいてどのように受容されるのかについて考える。論点は、アジアという非西欧的コンテキストにおいて、神の国と黙示文学的終末論はどのような関係に置かれるのか、という点にある。


Ⅴ テスト・ケース――アジアにおける「神の国」

 神の国を黙示文学的イメージにおいてのみ理解しなければならないのなら、いかなる文化状況であっても、それを適切に受容するためには、パネンベルクの語るとおり、黙示文学やそれを普遍化するためのヘレニズム思想という下地を用意しなければならないことになる。端的に言うなら、救済論的メッセージを受けとめるの前提条件として、黙示文学的終末論の受容が求められるのである。しかし、そのような要請に応えることは、アジアにおいて有効な宣教論を形成することにつながるであろうか。
 たとえば、韓国の代表的な民衆神学者である安炳茂(アン・ビョンム)は、西欧神学が、神の国が現在的なものか、未来的なものかという議論に時間を費やしてきたことを強く批判し、次のように語る。「そんな論議は傍観者の立場にある人には可能なことでしょう。いまこの場で死ぬか生きるかという場にある人に、それが現在的か未来的かを考える余地がどこにあるのか」[1992:266-267]。また、神の国と黙示文学の関係に関しては、黙示文学がパレスティナ民衆に刺激を与え、彼らの思考の地平を広げる役割を果たしたことを認めるが、「彼らが黙示文学に神の国思想を導入したと見るのは誤り」[1992:267]であると主張する。つまり、パレスティナ民衆の戦いはあまりに緊迫したものであったために、黙示文学という壮大な世界像を受容した上で神の国を導入したのではなく、黙示文学的媒介を経ずに直接的に神の国思想につながっていたことを示唆する。それゆえ、安炳茂は神の国思想を「韓国流にいえば民衆の恨(ハン)であった」と述べることができるのである。そこでは黙示文学が入り込む余地はない。

 また、安炳茂の興味深い指摘の一つとして、イエスの神の国運動の特質をイエスの共食の行為に見る視点をあげることができる。イエスと民衆が共に食べるという具体的行為を通じて、神の国は分かち合いの秩序を示すのである[1992:275]。神の国が黙示文学的終末論の文脈で理解される場合、イエスの共食は神の国にとってほとんど積極的な意味を与えられてこなかったことを考えれば、この指摘は新たな対比を浮かび上がらせてくれる。この点に関して、知恵志向的な神の国を主張するクロッサンの主張を想起するのは不当ではなかろう。クロッサンによれば、知恵の教師としてのイエスの特質は、まさに「開かれた共食」にあり、身体的交わりを基盤にしたラディカルな平等主義が神の国を規定しているのである[1994=1998 : 116-128]。ここに、アジアにおける神の国の受容と、聖書学の新たな成果との間の一つの接点を見ることができる6。
 さらにベトナム生まれの組織神学者P・C・ファン(Peter C. Phan)も、アジア的コンテキストの固有性について考察している[1998=1999]。ファンはアジアの代表的な神学者の神の国理解に触れながら、それが欧米的伝統とは異なったシンボル機能を果たしていることに注意を喚起する。特に、神の国(支配)は広範囲の包括性と社会政治的・経済的な解放としてのビジョンを与え、それゆえ現代世界のリアリティに根ざしたものでなければならず、それは時の終焉や彼岸における(黙示文学的)終末論ではあり得ない、と考える宋泉盛(ソン・チョアンセン、Choan-Seng Song)の理解を、ファンは、アジアの神学者たちの中でもっとも先進的で豊かなものとして高く評価している[1998=1999 : 14-18]。それに加えて、ファンはアジアにおける神の国が備えるべき条件を6つ列挙しているが、ここではその内、神の国という言葉遣いに直接かかわる課題として「家父長制度的・権威主義的イメージの払拭」というテーマに言及してみたい。
 ファンは、「神の国」や「神の支配」と訳されてきたバシレイア・トゥー・テゥー(basilei,a tou/ qeou/)が、儒教文化の影響を受けているアジアの国々では、その文化的コンテキストに準じて解釈されてしまう危険性があることを指摘する。それゆえ、儒教的影響のもとに歴史的に形成されてきた家父長制度、階級的権威主義の危険、それへの無批判的従順、現状維持などの傾向の中で、神の国がそれらの価値観を安易に追認しないためには、神の国における各人の基本的平等を重視し、神の支配の預言者的性質を強調することが重要であるという[1998=1999 : 19]。この指摘は確かに妥当なものであるが、問題は、現況の文化的コンテキストに対峙できるだけの意味世界を形成するために、どのような解釈学的回路をバシレイア・トゥー・テゥーから引き出すことができるか、という点にある。その際、対峙するという力学関係を、現実世界からの超絶を促す黙示文学的終末論の相においてのみ生起させようとすれば、結果的にアジアのコンテキストとの間に無用な軋轢を生じさせることになるだけでなく、安炳茂や宋泉盛が語るように、黙示文学的終末論だけではアジア的な苦悩の現実を見過ごすことになりかねないのである。
 これまでの議論から推測できるのは、アジアにおいて「神の国」「神の支配」を語る場合、黙示文学的終末論の爆発的エネルギーを制御するために知恵思想が重要な役割を果たすのではないか、ということである。知恵志向的な神の国は、貧しい者・虐げられた者の現実に寄り添いつつ、その現実の転換を促し、また、共に食する場が神の支配の場となる。祝祭的な共食の交わりは、黙示文学的終末論という食卓の上で成立しているのではない。D・ボンヘッファー(Dietrich Bonhoeffer)が「割礼が義認の条件であるかどうかというパウロの問いは、僕の考えるところによると、今日では、宗教が救いの条件かどうかということになる。割礼からの自由とは、宗教からの自由ということでもある」[1970=1988 : 323]という問題提起をしたことに関連させて言うなら、黙示文学的終末論は救いのための認識論的条件かどうか、という問いが立てられるであろう。パネンベルクやモルトマンは、まさにそのことを問題にしたのである。しかし、すでに述べてきたことから明らかなように、近年の聖書学の動向と、アジアという非西欧的コンテキストからの問いかけに耳を傾けるなら、われわれは黙示文学的終末論を独占的な解釈学的隘路として採用することに慎重にならざるを得ない。

 先に指摘した、組織神学と知恵思想との関係は、神学上の思弁としてその有効性を計られるべきではなく、むしろ、実践的なフィールドにおいて、その神学的有用性を試されるべきである。諸宗教の問題、女性の問題、環境の問題は、アジアにおいて深刻かつ複合的な問題群を形成しているのであり、それがまた「神の国」の置かれているトポス(場)でもある。それゆえ、黙示文学的神の国か、知恵志向的な神の国かという二者択一の前に身をゆだねてしまうのではなく7、むしろ、その両者の間にある差異とそれが生み出す緊張関係を丁寧に読み解いていくこと、そして、知恵志向的な神の国がもたらす新たなベクトルの先に視線を向けることが、今後、アジアの神学にとって不可欠の作業の一つとなるであろう。




1 本論文は、1999年10月に開催された日本基督教学会第47回学術大会での研究発表に大幅な加筆・訂正をしたものである。
2 basilei,a tou/ qeou/において、basilei,aは支配と同時に支配領域を意味している。したがって、支配領域に注目すれば「神の国」と訳すことができ、また、支配に注目すれば「神の支配」と訳すこともできる。近年の英語圏における、包含的言語による聖書翻訳の中では従来のKingdom of Godの代わりにDominion of Godが好んで用いられている。その理由として、第一に、Dominionは支配と支配領域の両方の語義を含むということ、第二に、Kingdomは男性中心的・家父長的な性格を帯びており、Dominionの方がそのような特性が少ないということがあげられている(Gold[1995 : xiv])。しかし、翻訳によって問題が根本的に解決するわけではない。フェミニスト神学は、basilei,aが歴史的に担ってきた家父長的・暴力的・二元論的な特性を批判し、それに代わる新しいイメージが必要であることを主張している(Dines[1996 : 116-117])。本論文でも、最後に触れるように、「神の国」という伝統的な訳語が持つ意味領域を再解釈する必要があると考えるが、上述のような経緯と事情があることを踏まえた上で、本文中では「神の国」または「神の支配」を適宜用いることにする。

3 ただし、ボーグのように「来るべき人の子についての発言がなかったならば、神の国を切迫した世界の終わりと考える理由はなくなる。『世界の終わり』のイメージと切迫性とは来るべき人の子についての発言の中でのみ結びつけられている」と主張するのは、極端過ぎるであろう。「神の国」だけで切迫した世界の終焉をイメージさせる言葉は、ヘブライ語聖書の中に散見される。また、この点について、Allison [1998 : 291-293]が的確に批判している。
4 この点をさらに展開すれば、終末論的期待の希薄なルカ福音書は、再臨の遅延に順応したという従来の解釈とは反対に、むしろ、マルコの切迫した終末論を訂正することによって、より古いイエス伝承、すなわち、非黙示文学的なイエス理解を表現していたことになる(Borg[1994=1997:179])。
5 たとえば、諸宗教間の対話を推進してきたL・スウィードラー(Leonard Swidler)は、イエスがユダヤ人であることを強調することによって、新たな対話の可能性を開こうとしている。その際、彼が描くイエスは、男女を平等に扱ったフェミニストでもある[1993=1994]。

6 ただし、安炳茂の神の国理解の細部については慎重な議論が必要である。たとえば、彼は、イエスは当時の神の国運動をそのまま受容した、また、ドッドの「実現された終末論」は正しいと語るが[1992:274]、果たして、そのように断定することができるであろうか。イエスが、当時の神の国運動から多くの影響を受けているにせよ、それとイエスの神の国運動の異同を検証する必要がある。また、安炳茂の主張の文脈に即して言えば、彼の終末論は、現状を変革することに必ずしも関心を向けない「実現された終末論」によって代弁されるより、クロッサンの知恵志向的な神の国理解によって代弁される方がはるかに適当であると思われる。
7 日本での黙示文学的終末論の受容の事例として、潜伏キリシタンたちが残した伝承は興味深い。彼らは、最初、キリシタン宣教師たちによって持ち込まれた黙示文学的終末論を受け入れるが、過酷な宗教統制に対抗しなければならないという時代状況の中で、次第に東南アジアに広がる「兄弟婚をともなう原初型洪水神話の伝承」や「予告型洪水伝承」など、様々な非黙示文学的なモチーフを取り入れ、独自の感性で終末論を再構成していった(紙谷[1998])。その際、彼らにとっての関心事は、死後の救済よりも、現世における救済――より具体的には信仰の自由の享受――にあったと言える。迫害が排他的に黙示文学的終末論と結びつくのではないという一例をここに見ることができる。



参考文献

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