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研究活動

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書評「E・ゴスマン他『女性の視点によるキリスト教神学事典』」、『アレテイア――聖書から説教へ』No.27、日本基督教団出版局

 本書は、従来の神学事典に見られないユニークな点を備えている。そのユニークさに対し、本書が「女性の視点」から編集された「コンパクトな事典」であるという二つの点から接近してみたい。
 「女性の視点」は明らかに「男性の視点」へのアンチテーゼを内包している。つまり、従来の神学事典および、そこに内包されている神学思想が、いかに「男性中心的」であるか、そして、女性を顧慮することがいかに少なかったかを、本書は気づかせてくれる。その意味で、本書に収録されている一つ一つの項目は、伝統的なテーマに対する挑戦的主張を含んでいる。
 ただし、本書の意図は、女性読者を挑発し、男性への反抗意識を駆り立てることにあるのではない。本書の「序」の部分にも記されているように、この神学事典は「新しい神学の道を歩む用意のある男女」を読者として期待している。伝統的な思考に潜む父権的な力に批判的に対峙していくためには「男性も女性も協力する必要がある」というのである。
 女性読者は、本書を通じて、女性の視点の本来的豊かさに触発されながら、新たな活力と表現可能性を獲得していくことができるであろう。男性読者は、自らの思考が男性中心的な側面を不可避的に持っていることを自己検証し、より包括的な視野へと導かれていくために本書を座右に置くことができる。
 このような成果をできるだけ容易に引き出せるよう、本書は、網羅的であることを誇ってきた「事典」という形式を疑問視しながら、コンパクトな形で諸項目を収録している。本書に収められている項目数は決して多くないが、それがかえって、一項目当たりの叙述の丁寧さを生み出し、また、今日のフェミニスト神学のトピックスをわかりやすものにしている。その点から言うと、本書の各項目は、時々の関心に応じて、教会等の読書会におけるショート・テキストとして利用することもできるであろう。幸いなことに、それぞれの項目の末尾にまとめられた参考文献は、比較的最近のものまで含んでおり、邦語文献も丁寧に記載されている。
 読者は各項目を丹念に味読していけば、項目間に主張の相違を発見するかもしれない。つまり、コンパクトな事典であることは、本書の場合、各項目の主張が首尾一貫していることを必ずしも意味していない。むしろ、編集者たちは、それぞれの見解に相違があり得ることを積極的に認めている。主張の相違が、決してネガティブな評価要素とならない点にも、フェミニスト神学の特色が現れている。ある項目を別の女性が記せば、違う記述内容になる可能性が十分にある。それゆえ、読者には各項目の記述と批判的に対話しつつ、新しい道を模索することが許され、また求められているのである。
 本書が、ドイツ語圏の女性神学者たちによって編集されているという点は、彼女たちが自覚しているように、確かにある種の制限となっている。しかし、自らが根ざしている文化的脈絡の中から発せられる真摯な声は、異なる文化圏に住む者の問題意識をも十分に喚起してくれる。埋めがたい文化的ギャップに対し、どのように対処していくかは、むしろ、われわれの課題であろう。数は多くないが、本書には、訳者および編集部による付記が適宜挿入されている。それらは、ドイツ的な視点からは若干見えにくいアジア的・日本的な事情についての補足的記述である。こうした小さな工夫が、将来、日本やアジアにおいてもフェミニスト的ネットワークが具体的に形成され、新たな成果が現れることを予感させてくれるのである。