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研究活動

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「終末思想から見た韓日社会の過去・現在・未来の課題」、『基督教研究』第63巻第1号

Ⅰ 終末思想とは何か
Ⅱ 過去:終末思想の歴史的意義
 1 韓国のキリスト教と終末思想
 2 日本のキリスト教と終末思想
Ⅲ 現在:世俗化した終末思想
 1 カルト宗教――歪曲化された終末思想
 2 競争(学歴)社会――潜在化した終末思想
Ⅳ 未来:終末論的課題への挑戦
 1 「苦難」の個人主義化――「民衆」の変容
 2 高度情報化社会の中で
 3 宗教多元社会の中で
 4 エコロジカルな危機の中で
 5 生命科学の時代の中で
Ⅴ おわりに


Ⅰ 終末思想とは何か

 本論文では、韓国と日本、それぞれの社会の歴史を振り返り、現在および近未来の課題を考えるための神学的視点として終末思想(終末論)を用いる1。キリスト教終末論は、形而上学的な思弁にとどまらず、しばしば既存の社会秩序を変革する実践的運動を生み出してきたが、その傾向は韓国において特に顕著に見られる。日本においては、韓国と同様の社会変革的な運動を教会が長期的に担うことはなかったが、過去の歴史を分析し、また現在の社会状況を洞察する上で、終末論は有益な視点を与えてくれる。
 本論文では、歴史的な出来事の細部に言及し、それを緻密に解釈することはせず、むしろ、終末論的視点を用いながら、両国の過去・現在・未来にわたる歴史を大きくとらえ、今後の共同的な神学的課題がどこにあるのかを模索するための問題提起をしたい。
 最初に、終末論とは何かを大雑把に整理しておきたい。終末論は、人間の個人的な死の問題や、国家の滅亡、世界の終焉、最後の審判など、終わりにかかわるすべてのテーマに関係し得る広い射程を持っている。ただし、それだけでは意味が拡散して終末論的特徴が曖昧になる場合があるので、一般的な終末論と、より意味を限定した黙示文学的終末論とをあらかじめ区分しておきたい。たとえば、終末論の語義的な厳密化を求める新約聖書学者のM・J・ボーグ(Marcus J.Borg)に従えば、黙示文学的終末論は次のように定義される。「(1)時間的な未来性、(2)劇的な神の介入が、公然として客観的に間違いようのない仕方で起こり、その結果、(3)徹底的に新しくされた事態となり、この新しい事態は、更新された地上においてであれ、あるいは別の世界においてであれ、とにかく神の民の正しさの立証を伴う」2。つまり、ここでは客観的に認知可能な世界の変容が問題とされているのであり、実存論的に解釈される個人の内面的意識変革や、歴史内における個人や社会・国家の終わりについては黙示文学的終末論の対象外としなければならない。しかし、そうした黙示文学的終末論に見いだされるラディカルな世界変革のイメージが、時として「この世」の変革を求める主体的意識を生み出してきたことを考えるなら、黙示文学的終末論が、受動的な歴史認識に還元しきることのできない多様な外延を有していることは明らかであろう。
 20世紀神学は、J・ヴァイス(Johannes Weis)やA・シュバイツァー(Albert Schweizer)以降、イエスを黙示文学的預言者として考えてきたが、そうした前提が今や大きく揺らいでいることにも注意を喚起しておく必要がある。北米を中心とする聖書学においては、今や黙示文学的預言者としてのイエス像は大いに疑われ、むしろ知恵思想を体現した「知恵の教師」としてのイエス理解が進展しつつある。ただし、聖書学で得られつつあるイエスについての新たな終末論的知見と、組織神学(教義学)における伝統的な終末論理解をどのように対応させるかについては、まだ十分な取り組みはなされていない。


Ⅱ 過去:終末思想の歴史的意義

1 韓国のキリスト教と終末思想
a)1930年代――日帝統治下において
 韓国のプロテスタント教会の成長ぶりは目覚ましいものがあるが、その要因の一つとして、しばしば復興会(リバイバル・ミーティング)があげられてきた。復興会は一種の聖霊運動であると考えられるが、柳東植(ユ・ドンシク)によれば、それは外向的(父性的)で根本主義的・黙示文学的な聖霊運動と、内向的(母性的)で神秘主義的な聖霊運動とに分類される3。また、既存の宗教的伝統との関係で言えば、前者は儒教的伝統に根ざしており、後者はシャーマニズム的な影響を受けているという。戦前において前者の代表的人物は吉善宙(キル・ソンジュ)であり、後者の代表的人物は李龍道(イ・ヨンド)であった。
 吉善宙はヨハネ黙示録を重視し、黙示文学的な終末理解に立って悔い改めを促した。彼は聖書の逐語霊感説を支持していたという点において保守的な根本主義者であったと言えるが、その一方で、彼は民族の自主独立を叫んだ三・一運動(1919年)の民族代表33人の内の1人であった。つまり、この聖霊運動においては、保守的信仰と社会参与が密接に結びついており、黙示文学的な終末思想が社会変革のエネルギーの源泉の一つとなっていたのである。
 他方、李龍道は聖霊との出会いを神秘主義的な信仰体験の中に求めた。彼はイエスの十字架の苦難に参与すること、愛を実践することを強調したが、それは現実社会の中ではなく、イエスとの神秘的合一の中に求められた。しかし、この態度を単純に神秘主義の範疇にとどめるのは正しくない。社会や既成教会から疎外された人々を無差別に受け入れようとする彼の無限抱擁の愛の実践は、神秘主義的にありがちな個人主義的信仰を明らかに超えているからである。先の吉善宙とその形式は異なるが、既存の社会秩序を打ち破る精神性に満たされているという点において、李龍道の運動の中に終末論的な特質を認めることができるのである。
b)1970年代――民主化闘争の中で
 このように初期の復興運動には二つの聖霊運動の流れを見ることができるが、その流れは1970年代における韓国社会の激動期にも基本的に引き継がれていく。いや、それどころか70年代に、それまでの聖霊運動が時代状況に即した形で韓国社会の中に「土着化」されていったと言える。すなわち、一つは民衆神学であり、もう一つは純福音中央教会に代表される聖霊運動である。ここでは、終末思想を考える上で興味深い民衆神学に焦点を合わせて論じることにする4。
c)徐南同の場合
 民衆神学は多数の神学者たちに担われてきたが、その運動の中心的人物の一人に組織神学者の徐南同(ソ・ナムドン)がいる。彼は政治的・経済的に抑圧された民衆の中にイエスの姿を見いだし、歴史の主体としての民衆の自力的な解放に参与することが民衆神学の目的であると考えた。彼にこのような歴史意識を呼び覚ましたのは、フィオーレのヨアキム(1145頃―1202)であった。ヨアキムは歴史を「父」の時代、「子」の時代、「聖霊」の時代の三つに区分し、彼の同時代を「聖霊」の時代と規定することによって、千年王国の到来という表象に新たな意味を与えた。つまり、既存の社会秩序が終焉を迎え、完全な霊的教会が誕生すると預言したのである。ヨアキム自身、切迫した終末意識を抱きながら、歴史の転換点を意識し、既存の社会秩序を更新する完全な社会(ユートピア)の出現を待望したのであった。この考え方は、コンスタンティヌス体制以降、教会秩序が神の国と見なされてきた伝統的歴史観を徹底的に相対化するという形で、後の歴史にも影響を与えてきた。
 徐南同はまさにこのヨアキムの三位一体論的な歴史神学に大きな影響を受け、そこから韓国における社会変革の必然性を感じ取ったのであった。その意味において、徐南同に代表される民衆の神学は黙示文学的な変革の希望をその運動の中心に持っていたと言える。
 彼は独自の聖霊論的解釈を神学の前提としているが、それを実存主義と区別していることからもわかるように、民衆神学における聖霊運動は、個人の内面世界に還元される聖霊理解を主題としているのではなく、むしろ、社会の現場で決断を下す力の源として聖霊を求めている5。
 ここで考えなければならないのは、徐南同がヨアキムの黙示文学的終末論から影響を受けたにせよ、民衆神学は西欧的な黙示文学的終末論を受容したのかどうかという点である。最初に述べた定義に即して言うなら、ヨアキムは超自然的な形で到来する新しい世界を待望したという点において、確かに黙示文学的終末論を展開したのであり、そこでは超自然的に歴史に介入する神が「歴史の主体」である。それに対し、民衆神学の場合、歴史の主体は「民衆」であることが強調され、その民衆はただ超自然的力の介入を待ちこがれる人々ではなく、自ら主体的に歴史形成に参与していく人々として理解されていた。この点において、徐南同は西欧の黙示文学的終末論から刺激を受けたものの、それとは質的に異なる終末論的運動を展開したのであり、そこに民衆神学の歴史的特質を見ることができるのである。
d)安炳茂の場合
 欧米世界において終末論が議論されるとき、しばしば、神の国の「時制」が問題とされてきた。民衆神学を押し進めてきた一人に聖書学者の安炳茂(アン・ビョンム)がいるが、彼は、西欧神学が、神の国が現在的なものか、未来的なものかという議論に時間を費やしてきたことを強く批判し、次のように語る6。「そんな論議は傍観者の立場にある人には可能なことでしょう。いまこの場で死ぬか生きるかという場にある人に、それが現在的か未来的かを考える余地がどこにあるのか」。また、神の国と黙示文学の関係に関しては、黙示文学がパレスティナ民衆に刺激を与え、彼らの思考の地平を広げる役割を果たしたことを認めるが、「彼らが黙示文学に神の国思想を導入したと見るのは誤り」であると主張する。つまり、パレスティナ民衆の戦いはあまりに緊迫したものであったために、黙示文学という壮大な世界像を受容した上で神の国を導入したのではなく、黙示文学的媒介を経ずに直接的に神の国思想につながっていたことを示唆する。それゆえ、安炳茂は神の国思想を「韓国流にいえば民衆の恨(ハン)であった」と述べることができるのである。そこでは西欧型の黙示文学的終末論が入り込む余地はほとんどない。
 また、安炳茂の興味深い指摘の一つとして、イエスの神の国運動の特質をイエスの共食の行為に見る視点をあげることができる7。イエスと民衆が共に食べるという具体的行為を通じて、神の国は分かち合いの秩序を示すのである。神の国が黙示文学的終末論の文脈で理解される場合、イエスの共食は神の国にとってほとんど積極的な意味を与えられてこなかったことを考えれば、この指摘は新たな対比を浮かび上がらせてくれる。この点に関して、知恵志向的な神の国を主張する聖書学者J・D・クロッサン(John Dominic Crossan)の主張を想起するのは不当ではなかろう。クロッサンによれば、知恵の教師としてのイエスの特質は、まさに「開かれた共食(commensality)」にあり、身体的交わりを基盤にしたラディカルな平等主義が神の国を規定しているのである8。ここに、民衆神学における神の国の受容と、聖書学の新たな成果との間の一つの接点を見ることができる9。

2 日本のキリスト教と終末思想
a)内村鑑三
 すでに見てきたとおり、韓国での教会形成にとって聖霊運動は欠くことのできなものであったが、日本ではそれに対応する運動はほとんど見られない。例外的存在の一人は内村鑑三であった。彼の歴史理解においては、民族と民衆への同情と関心が大きな役割を果たしていた。彼は進化論にも関心を寄せ、そこから進化と飛躍を含む宇宙史が考え出された。また、人間がキリストの十字架や贖罪の視点から見られるとき、歴史は宇宙史と共に救済史として理解された。キリスト再臨を歴史におけるリアルな出来事として主張し、非戦論を終末論的平和と結びつけ、また終末論的教会としての無教会を唱えた点に、内村に独特な歴史理解が表れている。彼の歴史理解は、黙示文学的終末論の特徴が強く表れているが、それは韓国のように民衆の間に運動を引き起こすような力とはなり得なかった。
 皮肉なことに、内村が非戦論の中に込めた終末論的要素は、第二次世界大戦中の日本政府によって、むしろ国家主義的拡張の道具として用いられたのであった。それが神国思想である。
b)神国思想
 神(神々)の加護のある国、あるいは神(神々)によって造られた国という意味での神国思想は、比較的多くの民族において見られる。日本でも、そういった意味での「神国」は日本書紀にすでに現れている。しかし、対外的な緊張関係が高まるとき、「神国」はしばしば日本中心の排他的主張を支えることになった。たとえば、元寇の際に神国思想が強調され、元の船団に壊滅的な打撃を与えた大風は「神風」と呼ばれた。また、豊臣秀吉はキリシタンの弾圧を正当化するために、日本が神国であると主張した。
 江戸時代後期から幕末にかけては、排他的な日本中心主義を唱える平田篤胤の平田国学が、国体思想の一つの潮流を作った。彼は死後の世界のことも教義中に取り入れ、いちじるしく宗教色を強め、その学を「平田神道」とも呼ばれるほどに国学の神道化を押し進めた。彼の影響を強く受けた結果、「神国」も単なる神話的表象ではなく、きわめて国家主義的イデオロギー色の強い概念へと変容していく。
 さらに、ペリーの黒船来航以降、「神国」は富国強兵政策と結びついて、一種の選民思想を醸成する役割を担うようになる。そして第二次世界大戦下において、そういった選民思想的な神国のテンションは、アジアの他の国々を包括する形で最高の高まりを見せたのであった。
c)日本精神の拡大を求めて
 そのような時代状況の中で、日本のキリスト教は、聖書が記す「神の国」と当時の国体と同一視された「神国」をどのように区分し、また調停しようとしたのであろうか。それを知る手がかりとして、ここでは1944年に発表された「日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰」を取り上げることにする。四章から成るこの書簡は、アジアの各地に送り出された日本人伝道者たちを鼓舞するために書き記された。とりわけ、第二章は日本の文化と西欧の文化を対比しつつ、「日本的キリスト教」10の一つのあり方を提示しようとしている点で興味深い。そこで日本の文化は万世一系の天皇の存在によって神聖視され、他方、西欧の文化は「個人主義」的偏狭さを持ったものとして蔑視されている。そのような二つの文化の狭間にあって、日本のキリスト教は日本的な美徳や伝統、すなわち「日本精神」を体現し、その領域を押し広げていくことを使命とすべきだと言うのである。第二章の最後の部分は次のように記されている。
 「右の如き大精神は、ただ日本の国土内に留まるにはあまりに崇高にして広大無辺である。今より十余年前に独立し爾(じ)来益々発展を遂げつつある満洲帝国といひ、我らと協力して敵米英に宣戦した中華民国といひ、盟邦泰国、過ぐる日独立を祝祭した新生ビルマ国家、最近独立して新政府を組織した我らの兄弟フイリッピン、その他如何なる地域いかなる辺境といへども、恰(あたか)も太陽が万物を光被化育するやうに、この大精神に照し掩(おお) はれてゐないものはなく、相共に深い決意を以て互に扶(たす)け、互に尊敬し、互に愛し、正義と共栄との美しい国土を東亜の天地に建設することによって神の国をさながらに地上に出現せしめることは、我ら基督者にしてこの東亜に生を享けし者の衷心(ちゅうしん)の祈念であり、最高の義務であると信ずる」11。
d)「神国」と「神の国」
 この文章から明らかなように、大東亜共栄圏に日本精神を充満させることこそが、「神の国」の出現であると理解されている。別の言い方をすれば、ここでの「神の国」は伝統的な「神国」の役割を担わされている。今となっては荒唐無稽としか言えないような理想が本気で掲げられ、広く共有されていたという点において、その理想を取り巻く世界像は黙示文学的であるとすら言える。西欧文明に毒された古い世界を放逐し、日本精神を中心とする新しい世界を招来させるために、「神国」は黙示文学的なパッションを持った「神の国」でなければならなかったのである。現人神としての天皇が、西欧の一神教的神理解に対抗して作り上げられたように、国家神道を支えた神国思想は、潜在的に、キリスト教的な「神の国」と、特にその黙示文学的終末論と対応関係にあったと言えるのではなかろうか。
 「神の国」に象徴される理想的な社会形成の幻は、それぞれの文化的コンテキストに準じて恣意的に解釈される危険性がある。「神の国」がナショナリズムの一部となって機能してきた例は枚挙にいとまがない。まさにそのことが戦時下の日本において起こったのであった。黙示文学的終末論が内包する選民思想が暴走し始めたとき、それを制御するための「知恵」が過去において必要であったように、これからの時代においても、潜伏する危機を洞察し、単純なナショナル・アイデンティティ(今日の日本の場合、国旗・君が代の崇敬など)へと回収されない存在の多様性と人格の尊厳性を保持する「知恵」が求められているのである。


Ⅲ 現在:世俗化した終末思想

 20世紀における韓日社会を振り返ってみると、終末思想はその現象の仕方は様々であっても、それは運動としての比較的明瞭な輪郭を持っていたと言える。しかし、20世紀末から21世紀初頭の現在に至るまで、従来とは異なった終末論的現象が生じてきている。キリスト教的な起源を持つ終末思想が世俗化されることによって、それが歪曲され、また潜在する形で社会に影響を与えているのである。この傾向が韓国と日本のいずれの社会においても多かれ少なかれ認められることを、カルト宗教と競争社会を題材にして考察したい。

1 カルト宗教――歪曲化された終末思想
a)オウム真理教が映し出したもの
 20世紀末において、国家神道と黙示文学的終末論の潜在的対応関係を、戯画的に描き出したのがオウム真理教であった。そのことを、元信者へのインタビュー調査を行った精神医学者リフトン(Robert J. Lifton)は確信的に述べている。彼によれば、「国家神道は、オウムにグル中心の先例を与える役割を果たしていた」のであり、オウムは「日本が帝国の戦争を追求した真理をかなり再現した」のである12。また彼は、軍人が天皇の「臣下」であるだけでなく「赤子」(赤ん坊)としてつながっていたことを、オウムにおけるクローン原理(信者はグルである麻原のクローン的存在であるべきとされた)と心理的に匹敵すると言う。黙示文学的終末論のネガティブな体現者となったオウム真理教が、かつての神国思想と類比関係にあることは次のことを教えてくれる。すなわち、オウムは突然変異的な時代の産物ではなく、むしろ、われわれがまだ十分に直視できていない、20世紀の日本を取り巻く闇の深さを暴力的に投影した、ということである。非日常的シーンを演出するかのように、突如として噴出するカルト的エネルギーは、日常世界の深部において時代を越えて脈動し続けている終末論的マグマに直結しているのである。
b)個の確立
 日本ではオウム真理教の一連の事件が起こってから、終末論はもっぱら異常な行動を引き起こす異常な世界観として受けとめられがちであったが、歴史的に見れば、終末論は否定的な意味でのみ語られてきたわけではない。たとえば、ユダヤ・キリスト教の文化圏では、自立した個の確立や人格概念の形成が終末論によって促されたことが、しばしば指摘されている。なぜなら、「終わりの日」に、すでに死んだ人も含め、すべての人が神の前に立たされ判決を受けなければならないという思想は、自ら責任を負う「個」としての人間を発見したと考えられるからである。終末論が個の強度を育んできたと言える。また、終末論は個人のみならず、社会にも大きな影響を与え続けてきたことは、これまで述べてきたとおりである。
 しかし、「ハルマゲドン」など、部分的にユダヤ・キリスト教的な用語法を取り入れながらも、オウムの人々は個として自立していたどころか、個としての価値を教祖への服従のもとに放棄していた。終末論は、個人が自分の生き方に最終的な責任を負うことを促すはずだが、その一方で、今日見られるように、最終的な責任を自分以外の権威者にゆだねてしまう形態も少なくない。オウム真理教に限らず、近年、韓日の社会をにぎわせている宗教関係の事件の多くは、教祖と信者が癒着した同型の組織体制に起因している。
 しかも、オウムの場合、われわれをいっそう困惑させたのは、よりにもよって、大学で高度な教育を受けた理科系の人間が、オウムの終末論のとりこになってしまっていたということである。研究成果をあげることのみを求められ、その意義を十分に考える間もなく、決して満足いかない研究環境に置かれた若手研究者の心の隙間にオウムが忍び込んだのだ、という説明も時折聞かれた。しかし、問題の根は、そのような環境条件に還元しきれないほど深いに違いない。そもそも、戦後の自然科学教育は何か決定的なものを伝達し忘れてきたのではないか、という問いを回避することはできないであろう。

2 競争(学歴)社会――潜在化した終末思想
a)世俗的終末論
 今日、大学教育を受け、さらに一流企業へと就職するためには、実に幼児の頃より涙ぐましい努力が強いられることが少なくない。「しっかり勉強しないと、よい学校に入れない。よい学校に入れないと、よい就職ができない。よい就職ができないと、よい人生を送ることができない」といった人生行路が親から子に伝授される。親は、子の人生を先取りし、将来を予言するのである。それは時として、あの教祖の終末予言のような確信をもってなされる。
 学歴社会や能率至上主義に慣れ親しんだ現代人の多くは、すでに、このような世俗化された非宗教的な終末論、いわば「世俗的終末論」13の中で生きているのではないか。そこでは確かに宗教色は脱色されている。思春期の若者に不可避的に立ち現れる「自分とは何者なのか」「生きていくことの意味は何か」といった、古来宗教的領域において扱われてきた関心事は、最終的な目的達成を妨げる「余計なこと」として、しばしば個人の内奥へと押し込められる。その内圧が極限にまで達しなければ(その深刻さは時として犯罪という形で露呈する)、魂の叫びが聞きとげられないほどに、現代家庭に内在している終末論は、徹底して非宗教的で世俗的である。しかし同時に、そのような内圧を極限ぎりぎりまで維持し続ける外圧を提供しているという点において、それは(とりわけ迫害時代の)黙示文学的終末論に酷似しているのである。それゆえ、世俗的終末論は、その非宗教的な装いとは裏腹に、侮りがたい疑似宗教的なエネルギーを有していると言えるであろう。
 オウムの英才たちがまるで自然物を観察対象とするかのように、時の流れを客体化し、将来を既知のものと見なしたことは、オウム流の終末論のせいばかりでない。それは、現代社会が知らず知らずのうちに醸成してきた世俗的終末論の帰結であったのかもしれない。その意味では、子どもの高学歴をひたむきに追求する韓日の「教育家族」は、世俗的終末論を内蔵した家族であると言い換えることもできる。
b)カタストロフィー願望
 では、なぜ現代人の多くが終末に魅了されるのだろうか。その問いに端的に答えるとすれば、現代社会が隅々まで「終わりのない」システムだからである。第一に、資本主義社会は「終わり」を嫌う。それは、生産し消費するということの無限循環によって成り立っている社会システムであるから、終わりがあってはならないのである。また、社会の生産・消費システムだけでなく、先に触れたように、現代の教育システムの中では、幼稚園から大学に至るまで、合格という最終目標を目指しながら毎日、その目標に向かって走り続けることを強いられる。来る日も来る日もそのことを繰り返さなければならない、終わりのない日常が繰り広げられている。教師や親といった現代の予言者(あるいは偽預言者か)によって示された人生成功の道から、時折、無性に脱線したくなるのは、むしろ自然な心情の発露ではなかろうか。子どもや若者だけではない。ルーチン化された日常、終わりの見えない繰り返しを耐えなければならない現代の大人にとっても、その日常を強制的にぶち切る外的な力は魅力的なのである。ある種の「カタストロフィー願望」が現代社会には潜在している。


Ⅳ 未来:終末論的課題への挑戦

 これまで韓国および日本の社会においてキリスト教が果たしてきた役割は、かなり異なっていた。しかし、今後ますます増大してくるグローバリゼーションの荒波の中で、ぞれぞれの国は固有の問題を持ちながらも、共通した問題に直面していくことが予想される。両国は文化的・宗教的に類似した背景を持っており、欧米主導的な神学によっては十分にとらえきれない課題に対し、協力的な取り組みをしていくことが今後求められるだろう。ここでは、近未来社会においていっそう顕在化してくる問題群に対し、終末論的な分析を加えることによって、これからの神学的課題を概観したい。

1 「苦難」の個人主義化――「民衆」の変容
 どのように重要な言葉であっても、歴史的変容の中でその意味を変えていく。また、言葉がその生命力を維持するためには、変化し続けていかなければならないとも言えるだろう。もし言葉を時代状況に応じて解釈することを怠るとすれば、どのように価値ある言葉であっても容易に化石化し、原初的な力を失ってしまう。
 これまで韓国のキリスト教にとって大きな意味を持ってきた「苦難」や「民衆」という言葉も、やはり時代の変化にさらされている。70年代において共有し得た意味と、今日多くの人が抱くイメージとは同一であり得ない。その事情は日本においても同様である。かつては日本においても「民衆」という言葉が、社会運動を展開していく上での共同体的な主体意識を代弁するキーワードとして用いられてことがあった。しかし、今日の若い世代の中には、自らを「民衆」として定義する者はほとんどいないだろう。「民衆」ではなく「市民」という言葉が好まれる背景には、個人主義的な権利意識の増大がある。社会的な責任より、まず個人的な権利の主張が優先されるのである。
 欧米的な個人主義思想はキリスト教を媒介にして韓日の社会にもたらされたが、それを文明的な進歩と考えるだけでは、「民衆」という概念は「インディビドゥム」(individuum)の次元に細分化されていくだけである。「苦難」という言葉も、今日では社会的な抑圧の次元で考えられるより、個人の精神的・内面的な苦しみとして受け取られることが圧倒的に多い。たとえば、安炳茂はキリスト教によってもたらされた西欧の個人主義と二元論的な思考が、食膳共同体としての「ウリ」(われわれ)意識を奪ってしまったと指摘しているが14、そうした問題に正面から取り組んでいくためには、ただ単に伝統的は「食口」(家族)理解へのノスタルジーをかき立てるだけでは不十分であろう。個人―食口―民衆―社会といった連鎖を有機的に再構成するためには、新しいコスモロジーが必要なのであり、韓国や日本といったアジアの土壌に根を張ることのできる終末論的想像力が求められるのである。

2 高度情報化社会の中で
a)情報テクノロジーの進展
 個と共同体の関係を根本的に変容させていく、もっとも大きな影響力を持っているものは、インターネットに代表される情報テクノロジーである。韓日の政府はそれを押し進めることが国家の繁栄につながると考えている。韓国においては「PC房」が急速に普及し、教会はウェブサイトを重要な宣教の拠点と考えている。エキュメニカルな組織である「キリスト教インターネット放送」(http://www.c3tv.co.kr)では、数多くの牧師たちの説教が蓄積され、放送されているが、これほど充実したサイトは世界でも希である。インターネットによって形成されるバーチャルな世界に対しても、教会の宣教的関心が向けられていることが分かる。
 バーチャルな世界が日常世界に勝るとも劣らず、ある種のリアリティを持ち始めていることは間違いない。それだけに、そのリアリティの内実を問う批判的な視座を神学は準備しなければならないだろう。そのことを考える上で、先見的に21世紀的課題を指摘した洪顕?(ホン・ヒョンソル)(注:?の漢字は「萵」の草冠が「├」になったもの)の次の言葉は、今なお古びない鋭さを持っている。
b)洪顕?の指摘
 「私は、二十一世紀の神学は、倫理的な面で、より多くの問題を内包するだろうと考える。今はキリスト教倫理を個人倫理と社会倫理に区分するが、その時は、社会倫理と大衆倫理(crowd-ethics)に区別しなければならないかもしれない。人間は次第に、個人的であるより、一つの暗号(cipher)のようになって行く。人間は次第に、群衆によって支配され、操縦されて行く。われわれはこの群衆の圧力から逃避する道をもたない。群衆の法、慣習、嗜好、このようなものが、われわれの生活のリズムになるであろう。だから、このような群衆文化から派生するさまざまな問題を検討する群衆倫理が必要になるであろう」15。
 この論文が記された1960年代には、今日のような情報化社会の到来は夢物語であったに違いない。にもかかわらず、洪顕?の隻眼は21世紀社会が直面する問題を的確に見据えている。彼が言及している「群衆」「大衆」は「民衆」とは明らかに異なる次元を包含している。あえて民衆という言葉を使うとすれば、未来の情報化社会においては「デジタルな民衆」の振る舞いが問題となるのである。その際、「人間は次第に、個人的であるより、一つの暗号(cipher)のようになって行く」という洪顕?の言葉は示唆的である。どれほど多くの群衆がネットワークによってつながっていたとしても、暗号のように排他的・秘密的な結合が人間関係を基礎づけるということであろう。個人主義的な「苦悩」を内面化した自閉空間が無限増殖していくとき、個と共同体に関する新たなキリスト教倫理、および新たな「民衆」理解が求められることは言うまでもない。
c)高度情報化社会に対する批判的視座
 インターネットや携帯電話の急速な普及に象徴されるように、現代社会は「つながること」「速いこと」に大きな価値を置いている。この傾向はとどまるところを知らない。しかし、聖書の歴史観はそれとは異なった価値観を対峙させる。人間の拙速な思慮を超えた遠大な時間の流れの中で、断絶した道と道とが突如としてつなぎあわされ、予期せぬ出来事が展開されていくことを旧約聖書は記している。新約聖書では同様の驚きを、キリストの迫害者からキリストの宣教者へと変えられた使徒パウロが次のように語っている。「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう」(ローマ書11:33)。この感嘆の声は、旧約聖書と新約聖書の両方にわたって響いていると言える。
 つながっていること、速いことを重視する価値規範を受け入れることによって、われわれは、聖書を満たしている「驚きの感性」(sense of wonder)を失いつつあるのかもしれない。それを自覚するためにも、「断絶」(たとえば、神と人の断絶)「超越」「他者性」などに保持されてきた宗教的意味を再解釈しなければならない。それもまた、近未来社会の終末論的課題の一部なのである。

3 宗教多元社会の中で
a)韓国の状況
 韓国も日本も、古くから多様な宗教文化が混在し、その意味では、欧米世界に比べて、はるか以前から宗教多元的な状況が存在していたと言える。ただし、そういった状況がキリスト教神学の課題として自覚され始めたのはそれほど遠い過去のことではない。
 韓国では1970年代に宗教の神学が徐々に姿を現し始めた。民衆神学が韓国の社会的現実と向き合ったとすれば、宗教の神学は韓国の宗教的文化と向き合おうとしたと言える。そこには、儒教との出会いを扱った尹聖範(ユン・ソンボム)、仏教との出会いを模索した辺鮮煥(ピョン・ソンファン)、シャーマニズムを扱った柳東植などがいる。宗教の神学と言っても、ジョン・ヒック(John Hick)に代表される欧米の宗教多元主義者とはかなり異なる。キリスト教の社会的影響力が相対的に低下する欧米社会の中で語られる宗教の神学と、逆にキリスト教の社会的影響力が増大する韓国社会において語られる宗教の神学との間で関心の所在が異なるのは、ある意味で当然である。韓国の場合、他の宗教や土着の文化と対話しながら、キリスト教のアイデンティティを調整していこうとする態度が一般的であると思われる。その点で、キリスト教をラディカルに相対化し、他の宗教と同列に置こうとする欧米の宗教多元主義的立場とはまだ一線を画していると言えるだろう。
 しかし、韓国においてもクリスチャン人口は増加の一途をたどっていくわけではない。今日、国民の4分の1を占めるまでに至ったキリスト教であるが、その割合を極限にまで高めていくことを至上目的とするなら、アメリカの宗教右派に見られるようなマジョリティ・コンプレックスの縄目から逃れることはできないだろう。宗教右派はキリスト教がマジョリティとなることによってこそ「神の国」や「千年王国」に近づくことができるという終末論的幻想に捕らわれていることが少なくない。韓国における教会がより成熟した段階に至るために、宗教の神学を展開していくことはきわめて有益であろう。終末論的幻想と終末論的希望を峻別することは必ずしも容易ではないが、そういった作業を韓国の土壌に根ざして進めていくことによって、おそらく欧米型の宗教の神学とは異なった成果をあげることが予想される。
 たとえば、安炳茂は宗教の神学を意図したわけではないが、それに関係する非常に示唆的な聖霊論を語っている。彼は、聖霊を伝統的にペルソナとして把握してきたことが、結果的に聖霊の活動領域を制限し、教会の中に閉じこめてしまったことを指摘する16。彼の理解によれば、ヘブライ語の「ルーアッハ」や「ネフェシュ」は「霊」と言うより、東洋の「気」の概念にはるかに近い。したがって、西欧人たちがキリスト教以外の宗教の中に汎神論的思考を警戒したことを、彼は逆に批判し、そのような閉鎖性は聖書の中にないとして、より自由な聖霊理解を主張するのである。人間が恣意的に定めた境界線を聖霊は突破していく。人間の組織や思考には「限界」や「終わり」があるが、聖霊の活動領域に終わりはないことを認識することも、終末論に課せられた新たな課題である。
b)日本の状況
 ところで、日本での事情は韓国と若干異なる。日本は、韓国と同じくアジア的な宗教多元状況の中にあるが、韓国と違って、クリスチャンは圧倒的に少数者である。もっとも、日本の近代化以降、キリスト教が日本の精神文化に与えた影響は無視できないものがあり、宗教間対話に関して言うなら、仏教とキリスト教の対話は比較的長い歴史を持っている。しかし、それらは形而上学的なものが多く、学問的な価値があったとしても、一般の仏教徒やクリスチャンに直接的な影響を与えることはなかった。それゆえ、日本において今後求められるのは、現代人が等しく直面する根元的な問いに対して、宗教の違いを超えて一般市民レベルで対話を積み上げていくことであり、その際、対話に関する方法論に比較的精通しているキリスト教は「触媒」(catalyst)的働きを果たすことが期待される17。仏教やキリスト教などの伝統宗教は、信者数の多少にかかわらず、現代人の希求に十分応え切れていないという閉塞感がある。それは、おのおのの伝統の扉の奥には豊穣な真理が隠されているのだが、その扉を開くための鍵を見失っているような閉塞感である。それゆえ、新たな宗教間対話においては、互いの真理性を発見しあい、それによって相互に活性化されるような関係が求められているのである。

4 エコロジカルな危機の中で
a)地球環境問題の現状
 資本主義経済が生み出した今日の大量消費社会は、様々な負の遺産をわれわれの目の前に突きつけている。自然環境の急速な悪化は、文字通りグローバルに進行している。さらに、エネルギー問題、人口問題、食糧問題、南北の経済格差など、人類の生存にかかわる重要な問題は、すべて地球環境問題という核を中心にして相互に関係しあっているのである。
 日本でもっともよく知られている韓国の詩人、金芝河(キム・ジハ)は1998年に初めて日本を訪れ、様々な講演を行った。「律呂と新人間主義」と題した講演では、生命を中心にして宇宙観を語り、有機農運動、環境運動、エコ・フェミニズムなどを重視し、「東アジア生命共同体運動」を提案した。近年、金芝河がエコロジカルなテーマを重視することに対し、韓国の若者たちからは、民主化闘争から後退したという批判も出された。しかし、エコロジカルな問題に取り組むことは、政治的・経済的な抑圧との戦いと表裏一体であり、その意味でも、時代が抱える負の根元を洞察する金芝河の慧眼は、今なお健在であると言えるのではないだろうか。
b)生態学的終末論
 ところで、人類の存亡にかかわる今日の終末論的緊迫感は、過去の天変地異による恐怖とはかなり異なる要素を含んでいる。つまり、過去の自然災害と比べ、今日の終末論的予兆は人災的な要素を多分に含んでいるのである。隕石衝突といった不慮の災害を除けば、ほとんどが高度な科学技術によって促進された人間の飽くなき欲求の結果であるとさえ言える。昔なら、雨期が過ぎ去るのを待てば、大洪水による最悪の事態も自然に終息していくことを期待することができた。それに対し、今日のエコロジカルな危機は自然の成り行きに任せ放置しておけば、生態系を破壊する人為的な諸要素の蓄積の結果、人類全体の滅亡をもたらす可能性が極めて高いのである。このような形で、今日の生態学的危機と終末論的関心は密接な関係を有している。
 ところが、このような両者の関係性にもかかわらず、終末論、とりわけ黙示文学的終末論が前提とする世界観・歴史観はエコロジカルであるとは言い難い。それどころか、黙示文学的終末論が示す世界破局のイメージに安易にとらわれることは、生態系の緩慢な死に対する無関心・諦念を生み出すことになりかねない。地球環境の有限性を考慮した終末論的危機意識は重要であるが、それが黙示文学に彩られた従来の終末論であれば、種々のアポリアに陥ることが予想されるのである。ここで詳細について触れることはできないが、わたしは、黙示文学的終末論の限界あるいは問題を補完するものとして「生態学的終末論」(ecological eschatology)を提起している(「生態学的終末論の基礎づけ」、『基督教研究』第60巻第2号、1999年)。
c)循環型社会における創造論
 「創造性」「創造力」という言葉やそれに類する考え方は、近代社会の中で、常に肯定的な意味合いで受けとめられてきた。新しい何かを生み出すことは、端的に有用性の創出を意味してきたのである。しかし、生態学的終末論は、創造という行為の価値を限定的にのみ認める。なぜなら、消費と廃棄を顧慮しない創造は、今後目指すべき循環型社会においては、犯罪行為に等しいからである。たとえば、放射性物質を使い捨てるという条件でエネルギー収支が黒字になる原子力発電は、そのエネルギー効率がいかに優れていたとしても、生態学的終末論の視点から見るなら、決して創造的であるとは言えない。創造されたものがどのように消費され、どのような形で「終わり」を迎えるのか、という一連の過程を問うことなしに、創造の価値を論じることはもはや許されないのである。
 神学的に表現すれば、生態学的終末論は、創造と「安息」とを同時に考えていくことを要請する。神が万物の創造の後、第七日目に「すべての創造の仕事を離れ、安息なさった」(創世記2:3)ように、すべてのものは、たとえその形体やエネルギー特性を変えようとも、生態系に不要な負荷をかけないように、安息しなければならない。資源の最終処理・再分配・循環を考慮しない創造は、今後、高く評価されるどころか、忌むべきものとされる時代へとわれわれは突入しつつある。それゆえ、創造の終着としての安息の意義を展開することも、生態学的終末論の課題となる。

5 生命科学の時代の中で
a)かけがえのなさの喪失
 学校に行くのを終わりにする(登校拒否)。自分の命に終わりをもたらす(自殺)。あるいは、こんな奴はいっそ死んだ方がましだ、と考え、殺傷や殺人へと駆り立てる憎しみの衝動など、終わりを求める欲求は、われわれのごく身近に、ひしめき合っている。先に現代社会が「終わり」のない社会であると述べたが、それと対応するように、現代社会は「かけがえのなさ」を見失いやすい社会であると言える。なぜなら、ものの大量生産を前提とする資本主義社会は、代替品によってすべてが賄われる社会だからである。ひとつのものが壊れれば、それと同じ物を買ってくれば済む。ほとんどのものが規格によって作られ、代替品によって置き換え可能である。
b)人体改造時代の倫理的課題
 おそらく今後、物だけでなくて人間自身がそのようになっていくであろう。近未来においては、クローンの技術と人工臓器の開発が組み合わされ、自分の臓器を自分の体細胞から作って、免疫的な拒絶反応の起こらない自分専用の身体部品を埋め込んでいくことが可能である。悪くなった部分を取り替え続けることによって、人間は人工的に健康を維持していくことができるようになる。すべてが代替品によって置きかえ可能な状況の中で、私たちがどのように「かけがえのなさ」を実感し、獲得していくのかは、これからますます大きな課題となるであろう。すべてが代替可能である社会の中では、「喪失」という感覚はますます希薄になっていかざるを得ない。しかし、一度失ってしまったものは二度と元には戻らないという喪失の痛みは、「かけがえのなさ」の認識と表裏一体をなしている。「終わり」を畏れをもって受容し、認識することが、「かけがえのなさ」の獲得につながっていくのであり、「終わり」をいたずらに拒絶することは、結果的に、人間性の衰弱をもたらすのではなかろうか。


Ⅴ おわりに

 以上論じてきた事柄は、今後、韓日の社会が直面する多数の問題のごく一部に触れたに過ぎない。しかし、どの一つを取ってみても、きわめて高度な神学的作業を要することは明らかである。韓日社会の歴史的考察を踏まえながら、今後、互いの神学的関心と成果とを共有できる時代を迎えることができればと願っている。そのためには恒常的な学術交流が不可欠であろう。




1 本論文は、2001年2月27日、延世大学で開催された「韓日神学シンポジウム」で発表した内容に加筆・訂正したものである。なおテーマとの関係から、「生態学的終末論の基礎づけ」(『基督教研究』第60巻第2号、1999年)と「終末論の解釈学的考察――黙示文学と知恵思想をめぐって」(『基督教研究』第61巻第2号、1999年)から一部引用している。
2 M・J・ボーグ(小河陽監訳)『イエス・ルネッサンス――現代アメリカのイエス研究』教文館、1997年、145頁以下。 Marcus J. Borg, Jesus in Contemporary Scholarship, Valley Forge, 1994.
3 柳東植(澤正彦・金纓訳)『韓国キリスト教神学思想史』教文館、1986年、381頁以下。また、以下の記述において次の書も適宜参考にした。柳東植『韓国のキリスト教』東京大学出版会、1987年。
4 本論文では1980年代前半までの韓国キリスト教史に重点を置かざるを得ない。それ以降、韓国の神学事情は大きく変化しているが、それを的確に伝える翻訳文献が十分に存在していないからである。今後、韓日の神学的な学術交流がいっそう求められる。
5 徐南同(金忠一訳)『民衆神学の探究』新教出版社、1989年、235頁以下。
6 安炳茂(趙容來、桂川潤訳)『民衆神学を語る』新教出版社、1992年、266頁以下。
7 安炳茂、前掲書、359頁以下。
8 J・D・クロッサン(太田修司訳)『イエス――あるユダヤ人貧農の革命的生涯』新教出版社、116頁以下。John Dominic Crossan, A Revolutionary Biography, San Francisco, 1994.
9 ただし、安炳茂の神の国理解の細部については慎重な議論が必要である。たとえば、彼は、イエスは当時の神の国運動をそのまま受容した、また、ドッドの「実現された終末論」は正しいと語るが(前掲書、274頁)、果たして、そのように断定することができるであろうか。イエスが、当時の神の国運動から多くの影響を受けているにせよ、それとイエスの神の国運動の異同を検証する必要がある。また、安炳茂の主張の文脈に即して言えば、彼の終末論は、現状を変革することに必ずしも関心を向けない「実現された終末論」によって代弁されるより、クロッサンの知恵志向的な神の国理解によって代弁される方がはるかに適当であると思われる。
10 日本の伝統的な精神とキリスト教を関係づけようとする試みは、すでに明治期に見られるが、1930年代以降、そういった試みをより神学的に議論するための表現として「日本的基督(キリスト)教」という言葉が用いられ始めた。実際には、その言葉は簡単に概念規定できない意味の広がりを持っていたが、キリスト教を日本の精神風土に関係づけた(あるいは土着化しようとした)点において共通した傾向を見いだすことができ、特に戦時下においては天皇制国体とキリスト教の関係が論点となった。
11 日本基督教団宣教研究所教団史料編纂室編『日本基督教団史資料集 第二篇 戦時下の日本基督教団(1941~1945年)』日本キリスト教団出版局、1999年、322ページ。
12 R・J・リフトン(渡辺学訳)『終末と救済の幻想――オウム真理教とは何か』岩波書店、2000年、258頁。Robert Jay Lifton, Destroying the World to Save It: Aum Shinrikyo, Apocalyptic Violence, and the New Global Terrorism, New York, 1999.
13 ここで用いている「世俗的終末論」という表現は、カール・レーヴィット(Karl Lowith)が語る「終末論の世俗化」とは一応区別されるべきである。彼の理解によれば、初期キリスト教の切迫した終末意識はそもそも非歴史的であり、「この世から来るべきあの世」への超越を求めていたのに対し、近代の人間は「来るべきあの世」を「歴史の彼方」へと移し替えてしまった。この経緯をレーヴィットは「終末論の世俗化」と呼ぶのであるが、それによって彼が指摘しようとするのは、世界が世俗化しても、なおキリスト教的なものが残存していること、近代自然科学でさえキリスト教的な世界観の影響から抜け出ていないことである。
14 安炳茂、前掲書、366頁以下。
15 「二十一世紀の神学」、『基督教思想』第12巻第1号、1968年、49頁。引用は、柳東植『韓国キリスト教神学思想史』319頁による。
16 安炳茂、前掲書、247頁以下。
17 わたしは仏教学者、宗教学者たちと協力して、宗教と宗教の対話、宗教と科学の対話を市民レベルで促進するために「宗教倫理学会」(Japan Association of Religion and Ethics)を2000年12月に設立し、第1回学術大会を同志社大学神学部礼拝堂で行った。