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研究活動

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「医療倫理に対する宗教学的アプローチ」、『民医連医療』2005年9月号

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小原克博(同志社大学神学部教授、京都民医連中央病院 倫理委員会 委員長)

article200509.JPG1.はじめに
 日本の医療現場において宗教が直接の問題となることは、まれであろう。「エホバの証人」輸血拒否事件(「エホバの証人」はアメリカ生まれのキリスト教。独自の聖書を持つことなどからキリスト教ではないとされる場合もある)などの例があるものの、少なくとも日常的な場面で、患者の持つ信仰が医療行為に影響を与えることは、ほとんどないと言える。 
 ところが、国外に目をやれば事情は異なってくる。アジアやアフリカの多くの地域では、西洋医学以外の伝統治療が今も息づいており、国によっては、西洋医学以外の伝統治療に対しても医師免許を発行し、それに基づく病院の運営を認めている。東洋医学なら、我々にとっても十分納得のいく範囲であるが、伝統治療の中にはシャーマン(祈祷師)が呪術に近いような治癒行為をするものも多く存在しており、そこでは治療と宗教は渾然一体となっている。 
 西洋医学を基準に考える者にとっては、それ以外の治療行為は前近代的で、場合によっては淘汰すべき野蛮なものに映るかもしれない。実際、伝統治療から西洋医学への切り替えが半ば強制的に行われたところもある。しかし、心(魂)と体を分けて考えることをしない人々に対し、もっぱら体のみを治療の対象とする西洋医学が、新たな病理を引き起こす原因になることもある 1
 医療と宗教が絡み合う別種の事例を、医学の先進国アメリカに見ることもできる。妊娠人工中絶からES細胞研究に至るまで、医療に関わる多くの事柄が、社会の倫理的な指標に照らして、その是非を問われることになる。その倫理的な指標は多様であるが、その中の強力な指標の一つとして宗教的な価値観が存在している。ここでは、先の伝統社会とは異なる形で、医療と宗教が密接に関係している。 
 そうした文化的土壌を反映して、アメリカで医療関係の倫理委員会が結成される際には、そのメンバーに、医学、法学、倫理学、社会学等の専門家だけでなく、神学者や宗教の専門家が加えられることが多い。 
 わたしが京都民医連中央病院倫理委員会(以下、倫理委員会と略す)への参加を要請されたのが、こうしたアメリカでの事情を踏まえた上でのことなのかどうかは定かではないが、いずれにせよ、日本の医療現場では、あまり意識されることのない宗教の視点を本論では考察の対象にしたいと思う。 

2.医療と宗教の分離・接近
 西洋医学が成立するプロセスは、西洋社会全体の近代化・世俗化と連動している。すなわち、かつてはキリスト教あるいは神学の一部とされていた諸学問がそこから独立し、また、近代的な学問の中から宗教的な色彩は徐々に脱色されていくことになった。同じことが医学にも当てはまる。医学が未発達な時代には、原因不明の病気は「悪魔」の仕業として、司祭が悪魔払いをしていたわけだが、病気の原因が医学的に解明されていくにつれて、医学と宗教は明確に二分化されていくことになる。つまり、医学は人間の身体を扱い、宗教(西洋においてはキリスト教)は心や魂を対象とするという「住み分け」が前提とされていった。 
 ところが、そうした住み分けが20世紀の後半になって徐々に曖昧になってきた。その変化は生命倫理学の誕生とも関係しているが、治療にかかわる価値判断を、医療の現場だけで自己完結的に行うことが難しくなってきたからである。たとえば、体外受精が始まった当初、人間が人為的に生命を誕生させることが倫理的に許されるのかどうか、という議論がなされたが、それが医療従事者の間だけで結論づけられる問題でないことは明らかであった。 
 医学や生命科学が人間の生や死のメカニズムを解明 していくにしたがって、皮肉にも、かつては比較的明確であった生と死の境界線が曖昧なものになっていった。胎児生育のプロセスをより詳細に理解できるようになった反面、では、一体、どの時点から、人間としての生が始まるのか、という問いが鋭角的に突きつけられることになった。 
 1948年に医師の基本的倫理的基準として定められた「ジュネーブ宣言」(1968、1983、1994年改訂)でも、「私は、たとえいかなる脅迫があろうと、生命の始まりから人命を最大限に尊重し続ける。また、人間性の法理に反して医学の知識を用いることはしない」と謳われているが、どの時点を「生命の始まり」とするかは決して自明ではない。 

3.カトリックの生命観
 多くの宗教が「生命」に対する並々ならぬ関心を示してきた。キリスト教もその例外ではない。特に今日、生命の尊厳性に対し、もっとも敏感な反応を示すのがカトリック教会であると言える。生命の始まりに関するカトリック教会の公式見解は次のようなものである。 
 「われわれは、人間の生命が初めに現れた瞬間から、そこに一つの人格の存在を見いだすことができる。ヒトの個体(human individual)であるものが人格的存在(human person)でないということがありえるだろうか。(中略)したがって人間の生命は、その存在の最初の瞬間から、すなわち接合子が形成された瞬間から、肉体と精神とからなる全体性を備えた一人の人間として、倫理的に無条件の尊重を要求する。人間は、受胎の瞬間から人間として尊重され、扱われるべきである。そして、その同じ瞬間から人間としての権利、とりわけ無害な人間だれにでも備わっている不可侵の権利が認められなければならない」 2
 このような生命観は19世紀半ば以降に形成されてきたが、当時においてすら時代錯誤的との批判を受けることがあった。ところが、ナチスの「断種法」(1933年)を正面から批判できたのは、ただカトリック教会だけであったことを考えると、受精の瞬間から誰にも侵害されることない尊厳を有しているという、この徹底した平等主義が持つ意味を、単純に時代錯誤的として切り捨てることはできないであろう。当時の教皇ピウス11世は、いかなる中絶も不妊手術も認められない、優生学者が「低価値者」と蔑んだ人々にも、結婚し子どもを持つ権利があると言い切った。他方、より望ましい命と、望ましくない命を選別すること(選択的中絶)が横行している日本社会では、生命の価値基準はきわめて恣意的に設定されている。 
 健康志向という点で共通のイデオロギーを持っていた戦前のドイツと日本は、同様に、健康でない者、異質な者を排除することをためらわない思想的傾向を有していた 3 。それが戦後、どのように克服されたか、簡単には評価できないが、少なくとも、「生命の尊厳」は「棚からぼた餅」のように与えられるものではないことは明らかである。それは試行錯誤して獲得していかなければならない価値である。生命の価値を恣意的に判定する仕組みを過去の日本が持っていたこと、そして、今もその残余が認められることを考慮すれば、「生命の尊厳」に対し、麗しい標語としての次元を越えた、思想的・実践的な取り組みが求められることは言うまでもない。 
 そこで、その一例として、倫理委員会で作成した「胎児超音波検査におけるNT(nuchal translucency)の取り扱いに関するガイドライン」(2003年9月16日承認)での論点を取り上げてみたい。 

4.NTによる出生前診断
 妊婦だけでなく産婦人科医にとって、今もっとも悩ましい問題の一つは、超音波検査によるNTの取り扱いである。NTとは 、胎児の後頸部の浮腫のことであるが、この厚みが大きいほど、胎児に染色体異常がある可能性が高くなると言われている。超音波検査はおよそ20年前に導入され、今や産科診療にとっては無くてはならないものとなった。妊婦にとっても、超音波によって映し出された我が子をリアルタイムに確認でき、その印刷画像を持ち帰ることができるというのは、長らく純粋な「お楽しみ」であった。 
 ところが、測定機器の高度化によって、かつてなら十分に見えなかったNTの存在が、超音波検査から娯楽性を奪い、大きな不安もたらすことになった。現場の医師に対しては、NTに異常を発見した場合、それを積極的に告げるのか、告げないままにしておいた方がよいのか、が問われている。このように妊婦と医師の双方に深刻な問題を投げかけているにもかかわらず、十分な議論と説明がなされていないのが国内の現状である。 
 このような事情の中、倫理委員会は、NTの取り扱いに関するガイドラインの作成を目指した。最終案がまとまるまでには長い議論を要したが、そこで繰り返し問題になったのは、医療情報(NTの詳細)を開示すべきという価値規範と、安易に知らせることによって選択的中絶を助長すべきではないという価値規範の衝突であった。簡単に言えば、患者の「知る権利」と胎児の「生命の尊厳」のせめぎ合いが、そこにあったと言える。 
 ガイドライン第一案では、患者の知る権利や選択権を保証しつつ、選択的中絶へと至らない道が模索されていた。しかし、突き詰めて考えていくと、この二つの理想を両立させることはきわめて難しいことがわかってきた。そして紆余曲折の末、選択的人工妊娠中絶、及びそれにつながる出生前診断に反対する、という立場を明確にした上で、NTの確認は行わないこと、求められた場合には、他の病院を紹介することを定めた。この結論への異論も当然あり得ると思う。しかし、「生命の尊厳」を保持することが、いかに困難な道であるかを実感した上で、倫理委員会ではその道を選択したのであった。 

5.「生命」についての語りの技法
 出生前診断は、今後、ますます多様化し、それと共に大衆化していくであろう。その過程の中で、生命とは何か、という問いが発せられ続けることが必要である。そうでなければ「生命の尊厳」など、簡単に有名無実な観念に堕してしまう。「生命」はきわめて具体的な生の現実でありながら、同時に、その具体性や個別性を捨象され、十把一絡げに扱われる抽象物にもなり得る。さらに言えば、ただ抽象化されるだけにとどまらないことを歴史は教えてくれている。スタンダードな、望ましい生命が想定されるや否や、そこに適合しない周辺的で異質な生のあり方は、暗黙の内に排除されていく。途方もなく繰り返されてきたこの種の悲劇から、我々は決して自由になってはいない、という自覚を持ち続けることが大事なのである。 
 人類の生に刻印された「うめき」に向き合っていくためには、生命についての多様な語りが必要となる。医療の現場で治療対象となる人間の生は、もっぱら医学的な見地から語られる。医療従事者が医学的な「語り」の内に自己限定するのは重要なことである。しかし同時に、生命のうめきは医学的語りの射程を超えていくこともまた事実である。だからこそ、そこには法学・社会学・心理学等の立場から発せられる多様な「語り」が求められるのであり、死の恐怖に苛まされるときには、宗教的なレベルでのコミュニケーション(スピリチュアル・ケア)が必要とされることもある。 
 ところが実際の医療の現場では、生命の尊厳を意識しながらも、その目的を果たすために相異なる複数の手段(治療方法)が存在し得る。これは患者に対しても 、その家族に対しても葛藤を引き起こすことになるが、その場合、最終的な決断を下すのは、家族でも医師でもなく、患者自身であるべきだ、というのが生命倫理学が取る基本的な姿勢である。これを患者の「自己決定権」と呼んできたが、医療技術の進展と共に自己決定権は徐々に拡大してきた。ある意味で、先端医療の適用範囲は自己決定権の拡大に依拠しているとさえ言える。今後の医療を考える上で重要な自己決定権について、宗教学的な視点を加味しながら、その有効性や問題点について考えてみたい 4

6.自己決定権の拡大 
 自己決定権は「責任」概念の現代的一形態である。一般に責任(responsibility)とは、他者に対する応答(response)を含意している。他者から応答を求められるときに責任が生じる。人は、ある行為を行った(あるいは、行わなかった)結果に対し責任を負うと言うことができる。そこでは、行為者の制御が及ぶ限りにおいて、行為者の責任能力が問われるのであり、行為者の制御が及ばない過去の出来事や、予期することのできない未来の出来事や偶然の出来事に関しては、通常、免責される。したがって、一般的な責任概念は因果法則を暗黙の前提としていると言える。 
 このような一般的な責任理解に基づきながら、生命倫理学は、生命科学や医療行為がもたらした結果に対し、できる限り責任の帰属を明確にするように要求してきた。そうした要求の結実が自己決定権の形成と拡大なのである。自己決定権において、ある行為の諸結果は、可能な限り、その行為者の選択・決定に帰責させられる。同時に、その行為は、たとえ当人に対し不幸な結果をもたらすことになったとしても、他人に危害を加えない限り、最大限尊重されるのである。 
 その典型的な例は、尊厳死や安楽死の選択において見られる。自分の生命をどのように取り扱うかは、自分の制御範囲内の行為であるという責任理解が、そこにはある。日本では、脳死・臓器移植の問題に際して、脳死を人の死とするかどうかは、自己決定権にゆだねられた。どの時点を個体の死とするかは、医学的というより文化的な問題であるが、脳死を自らの死として自己決定することができるという前提のもとに、日本では「臓器移植法」が1997年に成立した。尊厳死・安楽死や臓器移植に限らず、今後、先端医療技術において現れるほとんどすべての課題において、自己決定権が主導的な役割を果たしていくことは間違いない。 

7.偶有的責任 
 生命科学や生命倫理の領域において、自己決定権はきわめて大きな影響力を持っているが、それに対し、宗教的な伝統は、たとえば、キリスト教はどのような責任概念を持っているのであろうか。それはある意味、自己決定権の対極に位置するものであり、自ら決定することのできない「偶有性」(contingency)に起因する責任である。ここでは、さしあたりこの責任概念を「偶有的責任」(contingent responsibility)と呼ぶことにする 。自己決定権が、行為者が自らの行為結果の責任を負う、という意味での因果法則あるいは応報主義に強く規定されているのに対し、偶有的責任は因果法則に拘束されていない。なぜなら偶有的責任は、自己決定に基づく責任とは反対に、自分で選ぶことのできなかった、あるいは決定することのできなかった状況から生ずる責任概念だからである。また、自己決定権においては、行為結果が行為者の制御可能範囲にあるかどうかが一つの論点をなしていたが、それとは対照的に偶有的責任は、行為者の制御可能圏外に起点を有している。 

8.ヒロシマのサバイバーとしての責任
 「生命の尊厳」との関わりで、偶有的責任のわ かりやすい例を一つあげておきたい。
 わたしの祖父(1999年逝去)は、医療船の一員として広島に寄港していたとき、原爆の投下に遭遇した。祖父は助かる見込みのほとんどない被爆者たちを治療すると共に、亡くなった方々を山積みにしては焼いていった 5 。こうした体験を、晩年の祖父は、広島の「語り部」として、居住地の大阪を中心に各地で講演していた。初夏の頃、亡くなる間際にも病床で「(広島に)行かんといかん、行かんといかん」という言葉を繰り返していた。語り続けることに非常に大きな責任を感じていたと言える。 
 広島に原爆が落ち、その中でたまたま生き残ったということに対し、祖父が負うべき責任は本来何もないはずである。自分の目の前で何百人という人が死んでいくことに対して、誰も責任を追求する者はいない。それは、祖父が予測したり制御したりできる事柄ではないからである。しかし、自分が生き残ってしまったということに、何か負い目のようなものを祖父は感じていた。祖父は「偶然」生き残ったという、その端的な事実から立ち現れる責任感に突き動かされて生きたのであり、その生き様をわたしは見せられてきたように思う。 
 祖父の責任意識は、広島の生存者からの聞き取りを行った精神科医リフトンが言う「生存者の罪悪感」(Survivor Guilt)にきわめて近いと言える 6 。サバイバーたちが語り続けてきた「生命の尊厳」を、世代を越えて保持していくことは、医療において「生命の尊厳」を保持し続けることと同様に尊いことであり、また同時に困難な課題でもある。 

9.宗教思想における偶有的責任
 仏教における縁起思想は、この偶有的責任に近い側面を持っている。なぜなら、縁起思想では、すべてのものは依存関係によって存在しているのであって、もの(人)それ自体の内に存在の根拠があるのではないとされるからである。日本では自己決定権が前提とする「個」の意識以上に「家族」との相互関係の方が、患者の意思決定に影響を及ぼすことが多いのも、こうした仏教の考え方と決して無縁ではなかろう。このような視点からも、日本社会において自己決定権につきまとう「違和感」について、考察を深めることができるだろう。 
 キリスト教思想史の中では、この偶有的責任は、宗教改革者ジャン・カルヴァンの「予定説」によって、もっとも先鋭化されることになる。『キリスト教要綱』(1543年)第3篇第21章5節には次のように記されている。「われわれが『予定』と呼ぶのは、神の永遠の聖定であり、よってもってそれぞれの人間におこるべく欲したもうたことを、自ら決定したもうもののことである。なぜなら、万人は平等の状態に創造されたのでなく、あるものは永遠の生命に、あるものは永遠の断罪に、あらかじめ定められているからである」。永遠の生命に至るか、永遠の断罪に至るかが、あらかじめ神によって定められており、また、そのいずれかを神以外の誰も知ることはできないという予定説は、人間の自己決定を完全に無効にしてしまう。どのような選択と決定をしようとも、人間は救済の確率を高めることはできないからである。しかし、それにもかかわらず、この根元的な偶有性が、人を諦観へと誘うのではなく、逆説的にも、神の前での責任の自覚へと導いていく。その逆説性を、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904-05年)において社会的な次元で説明しようと試みた。根元的な偶有性に由来する不安が、能動的かつ合理的な禁欲を生み出し、それが産業資本主義社会を到来させたというのである。 

10.近未来の倫理的課題
 ところで、予定説の「万人は平等の状態に創 造されたのでない」という主張点は、21世紀の生命科学と特異な共鳴を引き起こす可能性がある。予定説においては、個人がどのような運命を迎えるかは原理的に知り得なかった。つまり、根元的な偶有性が確保されていたために、そこから積極的な責任意識が生まれたのである。それに対し生命科学は、ヒトゲノムに関する膨大な知識と、それを制御する能力を背景にして、すべての人間が同じ状態に造られてはいないということを遺伝子レベルで実証し、偶有性のイメージを貧困にした上で、ある種の運命論・決定論を生み出すのではなかろうか。そして、偶有性を欠いたその運命論は、人の生を容易に諦観と無責任へと引き渡す恐れがある。 
 ヒトゲノムのメカニズムが明らかにされ、高度の遺伝管理社会が到来する日がそれほど遠くないとすれば、そして、そのような社会の到来を自己決定権が支えるとすれば、自己決定権の限界性や危険性を明示できるような、別種の責任概念を提示するのは、宗教にとって大きな課題の一つであるに違いない。そして、イマジネーションの枯渇が(時の政治権力による)生命の一元的な理解や支配を許してきたという歴史的な経緯を振り返るとき、生命の尊厳や人間の責任についての多様な語りを保持し続けることは、我々にとっての共通の課題であると言えるだろう。 


1 たとえば、次の書を参照。大木昌『病と癒しの文化史――東南アジアの医療と世界観』山川出版、2002年。
2 教皇庁教理省『生命のはじまりに関する教書――人間の生命のはじまりに対する尊重と生殖過程の尊厳に関する現代のいくつかの疑問に答えて』カトリック中央協議会、1987年、20-21頁。
3「健康」をめぐる日本とドイツのイデオロギー的類似性については、次の二つの本を比較することによって明確になる。藤野豊『強制された健康――日本ファシズム下の生命と身体』吉川弘文館、2000年。ロバート・N・プロクター『健康帝国ナチス』(宮崎尊訳)草思社、2003年。
4 自己決定権をめぐる、より一般的な問題については次の書が参考になる。立岩真也『弱くある自由へ――自己決定・介護・生死の技術』青土社、2000年。小松美彦『自己決定権は幻想である』洋泉社、2004年。
5 小原好隆「小さな島の大きな悲劇」、竹内良男編『凍りついた夏の記憶――ヒロシマ・50年目の証言』雲母書房、1995年、69-97頁。
6 ロバート・J・リフトン『死の内の生命――ヒロシマの生存者』(湯浅信之ほか訳)朝日新聞社、1971年。