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研究発表「近代日本宗教史の中の「原理主義」―キリスト教原理主義との比較」、京都・宗教系大学院連合 第2回「仏教と一神教」研究会

当日配付資料(PDFファイル、295KB)

■発表要旨
 一見関係ないかのように見える日本宗教とキリスト教原理主義を比較考察する理由はどこにあるのか。近代日本は、西洋の「キリスト教的世俗国家」を意識せざるを得なかった。仏教も、近代化やナショナリズム、近代的な〈個〉の確立への対応の中で、キリスト教を意識した。近代国家の形成途上において見られる、世俗的ナショナリズムと宗教的ナショナリズムの緊張関係を視野に入れることによって、日本近代史の「一般性」と「特殊性」をより客観的に考察することができるのであり、その補助線としてキリスト教原理主義は役立つのである。
 ところで、原理主義(fundamentalism)とは何か。元来、この言葉はアメリカのプロテスタントに起因する(狭義の意味)。この概念を他の宗教に適用する適否をめぐって議論が続けられているが、狭義の意味と広義の意味を区分した上で、ここでは、キリスト教と日本宗教、西欧の近代化と日本の近代化の相違点や特質を析出させる概念装置として用いる。さしあたり、広義の原理主義を「近代化・世俗化に抵抗しつつ、それを超える文明論的な原理を掲げる、思想的・政治的な運動」(小原・中田・手島『原理主義から世界の動きが見える』PHP研究所、2006年、32頁)と定義しておく。
 キリスト教原理主義は、大きく二つの時期に区分できる。20世紀初頭の原理主義は、近代的・世俗的時代精神との葛藤を背景に持っている。特に聖書批評学と進化論は、聖書の権威を揺るがすものとして保守派の人々から警戒され、聖書の無謬性をはじめ、揺るがない「諸原理」に立とうとする原理主義者を生み出すことになった。同時代において、リベラル派の人々は、教義よりも道徳的実践や倫理を優先させる傾向を強めた。原理主義が興隆する次の時代は1980年代以降である。この時期の原理主義者たちは、カウンターカルチャーがもたらした道徳的退廃に敏感に反応し、政治への関与を深めていった。現在では、福音派(Evangelicals)の中核にある宗教右派勢力が原理主義を継承していると言える。
 近代がもたらした変化に対し、日本仏教はどのように対応しただろうか。ここでは次の四名をケーススタディとして取り上げる。
(1)島地黙雷(1838-1911、浄土真宗本願寺派)はヨーロッパ外遊で得た知見を生かし、当時の神道優位の教部省の政策を批判し、近代化のためには政教分離が必要であることを主張した(「三条教則批判建白書」)。島地は近代的な脅威としてのキリスト教を日本宗教にとっての共通の敵と見なし、それに対する防波堤として仏教の役割を強調した。
(2)清沢満之(1863-1903、浄土真宗大谷派)は『歎異抄』の価値を再発見し、「精神主義」を提唱する中で、道徳には還元できない宗教固有の働きがあることを探求していった。同時代を席巻していた楽観的な進歩史観やナショナリズムを相対化する視点を提示していた点において、「精神主義」は近代主義に抵抗する原理としての役割を果たしていたと言える。
(3)田中智学(1861-1939、日蓮宗)は、近代日本の政教関係に即して「法華教」を再解釈し、仏教的な政教一致による聖なる国民共同体の形成を目指した。「法華教」を基盤に、宗教と政治を一体化させていった田中の日蓮主義運動は、アメリカの政治的原理主義運動に先行する事例として興味深い。
(4)久松真一(1889-1980、禅)は、近代的な危機意識の中で、伝統禅の立場を離れながら、体系化された複雑な禅公案を放棄し「基本的公案」を作った。さらに久松によって提唱されたF.A.S.(Formless self, All mankind, Suprahistorical history)は普遍性を指向する原理として作用した。
 以上の考察を、次の三点にまとめることができる。
(1)近代日本宗教史は、キリスト教原理主義の歴史的経緯との間に並行関係を有しており、部分的にはそれを先取りしている。次のような類似点をあげることができる。①仏教もキリスト教原理主義も、社会(国家)の近代化のプロセスの中で、いったん否定されている。それが再生(新たな理念化、原理の模索)の起点になっている。②近代主義(近代的理性、進化論、道徳主義等)への対応の中で、自己規定・自己形成をなしていった。③テキストの再発見をし、聖典を「再聖典化」する。他方、最大の相違点として、西洋において長い年月のかかった近代化のプロセスを、日本では短期間の内に実現しようとした点を指摘することができる。結果的に、前近代・近代・ポスト近代が混在し、これが宗教界における思想的混乱の一因となった。
(2)近代的な〈個〉の自立という問題と共に、〈個〉を超えるもの(内在的・外在的)をいかに原理化するか、という課題に日本の伝統宗教は関わることになった。近代史を振り返るなら、外在的には、疑似家族的共同体への一体感へと溶融し(外部への超越)、内在的には(広い意味での)精神主義へと沈潜していくことになった(内部への超越)。
(3)外部への超越も、内部への超越も、他者認識を欠いていたのではないか。日本の仏教者(仏教研究者)は、日本仏教の優越性(特殊性)を主張した。そのことが、他のアジア諸国の仏教徒を「他者」として認識することを困難にしたのではないか。キリスト教原理主義においても、異なる価値観を持つ「他者」への眼差しが十分ではなかった。自らの思想的枠組みを超えて、他者関係をどのように再構築するかは、近代から現代へと持ち越された課題である。