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研究活動

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森孝一編、同志社大学一神教学際研究センター企画『EUとイスラームの宗教的伝統は共存できるのか―「ムハンマドの風刺画」事件の本質』明石書店、2007年

目 次

はじめに――「ムハンマドの風刺画」事件の射程(森 孝一)

1 「ムハンマドの風刺画」事件の概要と各地域からの反応
〈1〉EU(ヨーロッパ連合)
   風刺画問題の背景を探る(ミシェル・モール)
〈2〉デンマーク
   氷山の下に隠された危機(ティム・イエンセン)
〈3〉イラン
   文明の衝突と対話の狭間で(富田健次)
〈4〉イスラーム過激派
   問題顕在化前後の声明を比較検証する(高岡 豊)[高=口ではなくハシゴ]
〈5〉エジプト
   政府・国民を挙げての平和的抗議運動(サミール・ノーフ)
〈6〉アラビア湾岸諸国
   対話の前提となるイスラームとの共存の承認(四戸潤弥)
〈7〉東南アジア
   国家―宗教関係が投影された反応(見市 建)
〈8〉イギリス
   言論の自由とその曖昧な限界(ジョン・S・ロブレグリオ)
〈9〉ドイツ
   メディア・宗教界・政界の論争(マルティン・レップ)
〈10〉ヴァチカン/世界教会協議会
   ムスリムとの対話推進に向けての課題(小原克博)
〈11〉イスラエル
   風刺画問題とホロコースト問題(小久保乾門)

2 「ムハンマドの風刺画」事件の分析
〈12〉幻想の自由と偶像破壊の神話
   イスラーム法学からのアプローチ(中田 考)
〈13〉ムスリム社会の現況と課題
   事件への反応とその批判的検討(ナディーム・アミーン)
〈14〉表現する自由と表現しない自由
   ショアー、反ユダヤ主義とのねじれた関係(菅野賢治)
〈15〉報道の自由と人種差別反対主義のバランス
   キリスト教世界とアメリカの反応から(シャンタ・プリマワーダナ)
〈補説〉ローマ教皇によるイスラーム発言の背景
    教皇ベネディクト一六世の「ヨーロッパ」理解(森 孝一)

あとがき
索 引



<10> ヴァチカン/世界教会協議会――ムスリムとの対話推進に向けての課題

同志社大学教授 小原克博

1.ヴァチカンの対応
 ヴァチカン(ローマ・カトリック教会)は、2006年2月4日、預言者ムハンマドの風刺画問題に関する声明を発表した。「世界人権宣言で認められている思想・表現の自由は、信仰者の宗教的感情を害する権利を含意することはできない」として、風刺画がヨーロッパ諸国で掲載されたことを批判すると同時に、それに対する暴力的な抗議運動も嘆かわしいと非難した。また「侮辱に応答するに際して、それぞれの宗教が持つ正しい精神を欠いてはならない」とその声明は語っている。
 風刺画掲載を批判するムスリム団体は、それを掲載したメディアに謝罪を求めただけでなく、問題の発端となったデンマークをはじめ、当該国の政府に対しても謝罪を求めていた。そうした事態に対しヴァチカンは、この声明の中で「個人や出版組織によって引き起こされた罪を当該国の公的機関に負わせることはできないが、当局は国の法律によって許された原則に従い、事情に応じて、問題に介入することはできるし、また、すべきであろう」と、かなり踏み込んだ見解を示している(同様の見解は、プロテスタント教会では、ほとんど見られない)。政府レベルでの対応の遅れが、結果的に問題を大きくしてしまったとの認識を、この見解の中に感じ取ることができる。
 この声明は、人類の共存のためには相互に敬意を払うことが必要であると述べ、結論的に「非寛容は、それが実際的なものであれ、表現上のものであれ、また、(直接的)行動であれ、それに対する反応であれ、どのような立場に由来するものであっても、常に平和に対する脅威となる」と語る。世俗的な形であれ、宗教的な形であれ、非寛容が問題の焦点であるとの理解が、ここでは示されている。
 このヴァチカンの声明に前後する形で、カトリックの高位聖職者が様々なコメントを発したが、おおむね、ヴァチカンの声明の基本ラインに沿うものであった。その中でも、教皇庁宗教間対話協議会の議長(当時)であるマイケル・フィッツジェラルド(Michael Fitzgerald)大司教が果たした先導的役割は大きいと言える。彼はイスラームとの対話に関して多くの経験を有しており、風刺画問題に関して、「表現の自由は責任を伴って用いられなければならない」「ムスリムが預言者ムハンマドに対して抱いている愛情と敬意を、我々は傷つけるべきではない」と訴え、事態の沈静化を求めた。また、2月16日に行われたインタビューにおいて、同氏はクリスチャンとムスリムの相互理解を深めていくために、十字軍やイスラームによる中世ヨーロッパ征服に関する歴史を両者が共に学び、歴史に関する共通理解を深めていく必要性を訴えた。同氏の主張は、風刺画問題に対する対症療法にとどまらない、より根本的な対話を目指したものと理解することができる。ただしその後、同氏はエジプトおよびアラブ連盟に対するヴァチカン大使として派遣され(現在、カイロ在住)、一部には「左遷」との憶測もあるが、最適のエキスパートがイスラームとの対話の最前線に赴くことにより、これまで以上に対話が進展すると期待する人も多い。
 もちろん、ヴァチカンの内部には対話推進派ばかりではない。中には、キリスト教と結びついたヨーロッパのアイデンティティを保持するために、イスラームに対し、もっと毅然とした対応をするよう教皇に要請したロベルト・カルデロリ(Roberto Calderoli)のような人物もいる。しかし、2月20日、教皇ベネディクト16世自身が、モロッコのバチカン大使と接見した際に、風刺画問題の件に触れて「(様々な)宗教とその象徴は尊重されなければならない」「不寛容と暴力は、たとえ侮辱に対する応答であったとしても正当化されはしない」と語っていることからもわかるように、緊張感をはらみながらもイスラームとの対話路線は維持されるだろう。かつてカトリック的価値のもっとも強硬な擁護者であったラッツィンガー枢機卿がベネディクト16世となった今、イスラームに対するヴァチカンの基本路線を再確認するきっかけを、風刺画問題が与えてくれたとも言える。

2.世界教会協議会の対応
 エキュメニカル(教会一致)運動を牽引している世界規模の組織として世界教会協議会(World Council of Churches, WCC)がある。エキュメニカル運動は20世紀初頭に始まったが、その流れを受けて、1948年、オランダのアムステルダムでWCCは発足した。ヨーロッパと北米を中心とする147の加盟教団から始まったが、今では、120以上の国から342の教団が加盟している。東方正教会は設立当初からのメンバーであるが、ローマ・カトリック教会は加盟していない。ただし、カトリックは様々な会議でオブザーバーとして参加し、共同の作業に加わっている。
 WCCは異なる教派的背景を持つ教会の集合体であり、事柄によっては、合意形成が非常に難航する場合がある。しかし、もともとキリスト教内部における教派を越えた合同運動でありながら、1970年代以降は、他の宗教との対話を推進させることにも合意を見いだしながら、今日に至っている。他の宗教との対話と言っても、実際に、多くの教会にとってもっとも切実感のあるのは、イスラームとの対話であった。とりわけ、WCCを経済的に支えてきたヨーロッパの教会にとって、1970年代以降、各国で増加するムスリム移民は無視することのできない新たな「隣人」であった。こうした経緯があるので、預言者ムハンマドの風刺画問題が起こったときも、サムエル・コビア(Samuel Kobia)WCC総幹事は比較的迅速にコメントを出すことができた。しかし、WCCの総意として、この問題に応答したのは、2006年2月14~23日、ブラジルのポルトアレグレで開催された第9回WCC総会においてであった(WCCの総会は7年ごとに開催される)。
 この総会の初日、記者会見においてコビア総幹事は風刺画問題に言及し「これらの風刺画を言論の自由の表現として正当化することと同様、暴力的な報復は火に油を注ぎ続けることになる」と語り、クリスチャンとムスリムの双方が、寛容を促し、他者に対する無知に立ち向かっていく責任を負っていると訴えた。また、WCCのモデレーターであるアルメニア使徒教会のカトリコス・アラム一世は、私たちは互いに隣人であり、私たちの規範を隣人に押しつけることはできないと語った。
 総会中、風刺画問題も議論のテーマとされ、最終日には「他の信仰者との相互の敬意・責任・対話に関する覚書」を採択した。ここで「他の信仰者」とはキリスト教以外の諸宗教の信仰者一般のことを指しているが、実際、この覚書が重要な焦点としているのはムスリムとの対話であり、文中、ムハンマドの風刺画問題が直接的に言及されている。以下に、風刺画問題との関係でポイントとなる箇所を抜粋して、その内容を紹介する。
 「昨年9月デンマークで始まった、預言者ムハンマドの風刺画掲載に直面して、クリスチャンとムスリムの間の対話と協力関係を強めることが、きわめて重要であると私たちは認識している。・・・信仰に生きる民として、信仰にとって価値あるものが無視されることによって生じる痛みを理解している。私たちは風刺画の掲載を非難する。また、風刺画掲載に対する暴力的報復を批判する点において、多くのムスリム指導者の声に連なっていく。・・・風刺画の掲載によって、言論の自由は、人々の宗教・価値・尊厳が嘲笑されるという痛みを引き起こすために用いられた。そうすることで、この権利の土台がその価値を切り下げられているのである。・・・現在の緊張には、宗教的な側面以上の要因があることを私たちは認識している。アラブとイスラエルの紛争に公平で平和的な解決を見いだすことができないことや、自由選挙の結果をそのまま受けとめることができないでいることは、イラクやアフガニスタンにおける戦争とあわせて、十字軍や植民地主義に刻印された歴史経験の上に、さらに絶望感を加えている。・・・私たちの世界における本当の緊張は、宗教や信念の間に生じているものではなく、攻撃的で非寛容で狡猾な世俗的イデオロギーと宗教的イデオロギーとの間に生じている。そのようなイデオロギーが用いられることによって、暴力の行使や少数者の排除や政治的支配が正当化されている。」
 以上の一部抜粋から推察できるように、WCCはクリスチャンとムスリムの対話の推進を進めようとしている一方、今日の問題を宗教的な軋轢にのみ還元することができないことを正しく理解している。この覚書では、その点を指摘するにとどまっているが、今後求められるのは、結果として宗教的対立や宗教と世俗の対立の様相を呈する一連のプロセスに伏在する紛争メカニズムのより緻密な解明であろう。風刺画問題の発端となったデンマークは、福音ルーテル教会(ルター派教会)が国教となっているが、デンマークの政治状況と宗教事情の相関関係など、WCCレベルで共有すべき情報や課題は多いはずである。
 先のヴァチカンの声明の場合に関しても言えるが、WCCの場合も、対話の相手としてのムスリムは言及されているものの、彼らが実際に何に怒り、何を望んでいるのかは、ほとんどわからないままである。その意味では、かなり一方的な対話の要請(決意表明)であると言える。また「尊厳」「価値」といった言葉で、果たしてムスリムの行き場のない怒りを代弁できているのであろうか。ムスリムの肉声そして信仰的真実を顕在化させるような対話への取り組みが今後必要とされるであろう。


◎参考にした主なウェブサイト
Catholic News Service http://www.catholicnews.com/
Vatican: The Holy See  http://www.vatican.va/
World Council of Churches  http://www.wcc-coe.org/
Ecumenical News International  http://www.eni.ch/