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研究活動

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渡邊直樹編『宗教と現代がわかる本 2008』平凡社(「アメリカ大統領選挙を左右する福音派内部の動向」担当)

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アメリカ大統領候補をサポートする宗教保守勢力

同志社大学教授 小原克博

 

宗教的保守性と政治的保守性の関係

 一九八〇年代以降、四年ごとのアメリカ大統領選挙が近づくにつれて、宗教保守勢力[1]の動向が注目されてきた。二〇〇四年の選挙では、白人福音派プロテスタント(white evangelical Protestants)の七九%が共和党のブッシュ候補を支持し、二一%が民主党のケリー候補を支持した。このことからも、白人福音派勢力が共和党により近い存在であることは疑い得ない。同時に、ブッシュの獲得票数のおよそ三分の一を白人福音派が占めていたことは、彼らが大票田となっていただけでなく、今後の選挙においても、その動向が選挙結果を左右することを示唆している。

二〇〇八年の大統領選挙が、二〇〇四年に引き続き、道徳的価値(moral values)を争点に含むとすれば、宗教保守勢力が果たす役割を過小評価することはできないだろう。しかし、宗教的な保守性は政治的な保守性に直結しているのだろうか。保守派クリスチャンの大多数は共和党候補者に投票するという既成のイメージは、現実を正しく反映しているのだろうか。福音派は一枚岩的なイメージで見られがちであるが、その内部は多様で流動的であること、特に近年その傾向が強まっていることを、ここでは紹介したい。

福音派、宗教右派

 今日のアメリカでは、各種の宗教統計[2]により、全人口の二五~四〇%が福音派(エヴァンジェリカル)であるとされている(統計上の数字の幅は、主として定義の違いによる)。ただし、ここで注意しておかなければならないのは、エヴァンジェリカルという言葉が単にプロテスタントであることしか意味しなかった一九世紀と比べ、今や大きく変質しているということである。プロテスタントの各派およびカトリックという教派の違いが大きな役割を果たしていた時代が終わり、信仰理解や道徳的価値を中心にした教派横断的な宗教運動(パラ・チャーチ)が、今日のアメリカ社会を特徴づけている。そのような保守派の大同団結の中核を担っているのが福音派と呼ばれる人々である(福音派は教派名ではない)。福音派が全米を網羅する草の根の運動を展開し、大統領選挙に影響力を及ぼすような組織を有しているのに対し、リベラルな主流派(メインライン)教会[3]は、福音派に対抗できるような結束力を持っていない。

 福音派内部における政治的多様性については後述するが、福音派の中でも、特に政治活動に深く関わる層は宗教右派(religious right)と呼ばれている。宗教右派のリーダーたちは、共和党と連携しながら、集票活動を具体的に指示しており、今や選挙に欠かせない存在となっている。ただし、代表的な宗教右派団体「モラル・マジョリティ」の創設者ジェリー・ファルウェルが死去したり、「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」の創設者で、福音派に対し絶大な影響力を持っていたジェームズ・ドブソンが引退したりする中で、カリスマ的指導者を中心にした求心力が、徐々に失われつつあることも否めない。

共和党か、民主党か

 二〇〇〇年および二〇〇四年の大統領選挙においては、共和党と民主党がほぼ拮抗する形で、アメリカを二分化していた。容易に妥協点を見いだせない分断状況を指して「文化戦争」という言葉も頻繁に用いられた。しかし、各宗教集団における支持政党の傾向性は、それほど単純ではない。

 保守派(福音派)が共和党寄りであることは最初に述べたとおりであるが、その内部には一括りにできない差異も存在している。たとえば、福音派の白人の圧倒的多数は共和党候補者に投票するが、黒人はそうではない。社会階層で考えると、福音派の富裕層の圧倒的多数は共和党支持であるが、貧困層は民主党寄りである。福音派は道徳的価値の問題だけで投票行動を決しているのではなく、自分たちの人権を守り、より安定した収入を約束してくれる候補者に票を投じている。

 また、白人福音派の若年層(三〇歳以下)の共和党離れが徐々に進んでいる。二〇〇七年の調査では、若年層の四〇%が共和党支持で一九%が民主党支持となっており(二〇〇一年では、それぞれ五五%、一六%)、白人福音派全体と比べれば、比率の違いは明らかである。福音派内部における世代間の価値観の相違は、接戦する選挙では、その結果を左右する一因になるかもしれない。

 福音派以外の宗教集団の傾向を概観すると、次のようになる。主流派教会(全人口の二三%)では、共和党と民主党の支持者はほぼ均等に分かれる。カトリック(全人口の二五%)は民主党寄りであるが、一部には福音派と連帯する層がある。黒人プロテスタント(全人口の六%)、ユダヤ教徒(二%)、他の宗教(四%)、無宗教(一四%)は強く民主党寄りである。保守とリベラルの二つの陣営に分断されているように見えるアメリカは、現実には、これら多様な層によって構成されている。それゆえに、アジェンダ次第では、それぞれの層が流動化し、全体として現状と異なる政治バランスがもたらされる可能性があると言える。

アジェンダの多様化

 二〇〇四年の大統領選挙の出口調査によれば、有権者の投票行動を決した要因でもっとも比率が高かったのは、イラク戦争や国内経済の問題ではなく、道徳的価値であった。この選挙で争点となった道徳的価値とは、具体体に言えば、中絶と同性婚とES細胞研究の是非をめぐるものであった。ES細胞研究では、ES細胞を作るために人間の受精卵を破壊しなければならないことが問題とされたのであり、中絶論争と同根の課題を有していた。同性婚は、同性愛者の法的婚姻関係をめぐる問題であるから、伝統的な同性愛論争の系譜に位置づけることができる。このように見ると、二〇〇四年の選挙も、道徳的価値をめぐる基本構造は、それまでのものを踏襲している。すなわち、生命の尊厳(中絶)とセクシュアリティ(同性愛)の問題である。この二つが、優先順位はともかくとして、二〇〇八年の選挙のアジェンダにも組み込まれるだろう。この二つのアジェンダこそが、宗教保守勢力を大同団結させてきた共通基盤だからである。

 ところが、近年、福音派の中で、特に若い世代を中心に、新しいアジェンダが登場してきている。貧困、エイズ、拷問などである。また、イラク戦争に関しても、開戦当初はほぼ全面的に正当化されていたのに対し、最近では、イラク戦争に対して批判的距離を置く動きも出てきている。しかし、突出して新しい運動のうねりを生み出しているのは、地球温暖化に代表される環境問題への関心の高まりである。前千年王国説[4]のような歴史観を持つ保守派クリスチャンにとって、長期的な取り組みを要求する環境問題は、無意味なものの代表格であったはずである。ところが、全米福音派連盟・副会長のリチャード・サイジックをはじめ、多くの福音派のリーダーたちが、今や自分たちの運動の最重要課題の一つに「被造物へのケア(Creation Care)」をあげている。アル・ゴア前副大統領がノーベル平和賞を受賞したことなども影響して、地球温暖化への取り組みが、二〇〇八年の選挙の争点の一つになることは間違いないだろう。この新しい動向は、福音派の穏健派と中間層を民主党に引きつける可能性がある。

ゴッド・ギャップを克服できるか

 このような新しい流れをうまく引き込むことができれば、これまで非宗教的とされてきた民主党も、前回の選挙の敗因の一つである「ゴッド・ギャップ(God Gap)」を縮めることができるだろう。敗因の分析と共に、自らをより積極的に宗教勢力と接合していこうとする努力もなされてきている。宗教的に装うだけで大統領選挙に勝つことができないことは言うまでもないが、民主党候補者が宗教勢力への理解を広範囲に得ることができれば、白熱した大統領選挙を展開できるだけでなく、そのプロセスを通じて、価値の対立を抑止する現実的な妥協点を見出すことができるかもしれない。逆に、民主党の候補者次第では、分裂気味の宗教保守勢力の結束を強め、共和党に追い風を送ることになるだろう。

 

参考図書

『宗教からよむ「アメリカ」』森孝一(講談社選書メチエ)

『原理主義から世界の動きが見える――キリスト教・イスラーム・ユダヤ教の真実と虚像』小原克博・中田考・手島勲矢(PHP新書)

The Truth about Conservative Christians: What They Think and What They Believe, Andrew Greeley and Michael Hout (The University of Chicago Press)



[1] アメリカで宗教保守勢力という場合、実質的にはキリスト教保守勢力を指す。保守派キリスト教徒と親イスラエル的価値を共有するユダヤ教徒たちやイスラエル・ロビーは、確かに宗教保守勢力の一角につらなっているが、数は多くない(影響力の大きさについては評価が分かれる)。キリスト教保守勢力としばしば同義的に用いられるのが福音派であるが、前者が政治的な文脈で用いられることが多いのに対し、後者は聖書に忠実であろうとする自らの信仰的立場を表明する自称である。

[2] 宗教統計を専門的に扱っている調査機関の内、信頼できるものとしてThe Princeton Religion Research CenterThe Pew Research Centerをあげることができる。The Gallup PollGeneral Social Surveysは一般的な調査機関であるが、膨大な宗教統計を有しており、本稿もこれらを参考にしている。

[3] 改革派・長老派、メソジスト、聖公会など、建国以来、アメリカ社会に大きな影響を及ぼしてきた教派を主流派教会と呼ぶ。

[4] 千年王国説は新約聖書の「ヨハネ黙示録」二〇章に由来する。この箇所の解釈をめぐって、前千年王国説と後千年王国説がある。前者では、千年王国の前にキリストが再臨し、キリスト自らが千年王国を打ち立てると考えられ、後者では、教会や信仰者の努力によって千年王国が打ち立てられ、その後にキリストが再臨すると考えられる。