小原克博 On-Line に「聖書のことば(コヘレトの言葉1:18)」(「チャペル・アワー案内」No.194)を追加しました。
短いものなので、下に全文を掲載しておきます。
ちなみに、「コヘレトの言葉」は旧約聖書の中に一文書です。シニカルなリアリズムが魅力的です。「コヘレトの言葉」全体は12章ほどの短いものなので、一気に読めます。
(以下、「チャペル・アワー案内」より引用)
知恵が深まれば悩みも深まり、知識が増せば痛みも増す。(コヘレトの言葉1章18節)
賢者によって語られたこの言葉は、これから意気揚々と学びを始めようとする新学期に聞くには重すぎるほどである。「悩み」や「痛み」の中身は、コヘレトが生きた時代と我々の時代との間に大きな差があるに違いない。しかし、彼の洞察は、科学技術に先導される現代社会の深部にまで及んでいるかのようである。人の欲望が新しい知識や技術を生み出し、それがまた人の欲望を駆り立てていく。この無限上昇のスパイラル構造から、一体、誰が逃れ出ることができるのか。
コヘレトはこの世で労苦する「空しさ」を繰り返し語り続ける。しかし、この世の空しさをつぶさに観察する現実主義者コヘレトがたどり着いた結論は次の言葉である。「神を畏れ、その戒めを守れ」。「畏れ」の感覚を失った現代人は、この一見単純な結論の中に幾重にも折り込まれたリアリズムを直視する勇気を持ちうるであろうか。

ハレルヤ!御父と天にいます主イエシュアの御名を心から賛美いたします。
オリブ山で検索してあなたのココログを知りました。きれいな写真をたくさんありがとう。一度この肉体に生きている間にオリブ山に行ってみたい、主イエシュアの再臨なさる時、その両の御足が置かれる幸いな地点よ、見よ、そこに、この口をもって接吻しておきたい・・・それがわたしの夢です。
コヘレトはダビデ王の子ソロモン王だと言われています。私もそう信じています。いわゆる「ソロモンの知恵」は神から豊かに与えられたもので、聖書の言葉として聖霊はソロモンによって書き残されました。「神を畏れ、その戒めを守りなさい。」はい。主よ、助けてください。あなたの恵みと義の賜物と憐れみがすべてです。どうか塵灰にすぎないわたしを憐れみ、あなたが私によって生き生きと生きてくださいますように、私はただ、主よ、あなたの恵みの選びによって生かされている「憐れみの器」に過ぎないのですから。あなたはすべてをご存知です。
小原さんの撮られた写真、美しいです。特に神殿の東壁のライオンの門と黄金門は・・・
アルアクサには今は黄金のドームが立っていますが、主イエシュアよ、ムハンマドが天に上ったのでも、ダビデが上ったのでもなく、あなたご自身がここから弟子たちを離れて、ここから
上られたのですね。それを見つめていた使徒たちはなんと幸いな恵まれた人たちだったことでしょう。
しかし、あなたと彼らのおかげで、私たちはもっともっと幸いなものたちであります。わたしも小原さんも。
コへレトの言葉
ダビデの子、エルサレムの王、コヘレトの言葉。コヘレト曰く、空の空、空の空なるかな、すべて空なり。日の下に人の労してなすところの、諸々のはたらきは、その身に何の益かあらん。世は去り、世は来る。地は永久に保つなり。日は出で日は入り、またその出でしところにあえぎ行くなり。風は南に行きまたまわりて北に向かい、巡りに巡りてゆき、風またその巡るところへ帰る。川はみな海に流れ入る。海は充つることなし。川はその出で来たれるところにまた帰りゆくなり。萬のものは労苦す。人これを言い尽くすことあたわず。目は見るに飽くことなく、耳は聞くに充つることなし。先にありし者はまた後にあるべし。先に成りしことはまた後に成るべし。日の下には新しき者あらざるなり。(1章1節から9節)