「対話する力、させる力」(『京都新聞』2009年2月13日、夕刊)を追加しました。
先月のサウジアラビアの方々との国際シンポジウムを話のきっかけにしながら、「対話」をキーワードにして書いた記事です。
最後の方では、日本の政治家(首相)が「対話する力」も「対話させる力」も欠いており、このままでは日本の平和主義も空文化しかねないことを嘆いて終わっています。
中川財務省が記者会見で酩酊状態であったことは国際的にもニュースになったようですが、これも氷山の一角かと思うと、さらに気が沈みます。
日本の政治にも「変化」が欲しいところですが、これだけ二世議員が多いと、そうしたささやかな願いすら、場違いな願望のように思えてしまいます。
何とかならんもんでしょうか・・・

小原先生、
全く同感です。
ご存知のとうり、アメリカでは公にイスラエルを批判する事は出来ません。
カーター元大統領もイスラエル批判をしたため、厳しい立場に立たされました。
タカ派が台頭するイスラエルの現状を考えると、危険な事だと思います。
ただ、最近リベラル派のユダヤ人の、シオニスト批判が顕著になって来ました。彼らは”self hating Jew"と呼ばれながらも頑張ってくれています。彼らが新しい環境を作ってくれる様な気がします。
アメリカでの問題は、イスラエルに対し批判的なことを言うと、Anti-semitismに直結され逆批判にさらされやすいという点にあると思います。その点では、イスラエルの問題に深く立ち入ることができるのはユダヤ人のみであって、是々非々で事柄を論じてくれるリベラル派ユダヤ人の役割は、本当に大きいですね。