KOHARA BLOG

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日本基督教学会 第60回学術大会(明治学院大学)

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 9月11日から12日にかけて、明治学院大学で開催された日本基督教学会 第60回学術大会に参加しました。
 初日は夕方まで同志社での会議があったため、私自身は二日目からの参加となりました。
 今年のテーマは「賀川豊彦と21世紀のキリスト教の課題」。賀川は明治学院神学部余科で学んだことがあり、明治学院が会場となった関係から賀川が大会テーマとなった次第です。時宜にかなっていると思いました。
 研究発表も賀川関係のものが、例年にはないほど多く見られ、個人的には満足度が高かったです。
 明治学院といえば、その前身をつくったヘボンが有名ですが、その他、ブラウン、フルベッキ、井深梶之助、島崎藤村などが関係者としています。いただいた『大学案内』には卒業生の戦場カメラマン・渡部陽一が紹介されていました。今時の若い人にとっては、ヘボンより渡部陽一の方が認知度が高いかもしれません(笑)。
 その他いただきものの中に『明治学院文化財ガイドブック』『明治学院 歴史資料館』などがあったのですが、帰宅してから目を通し、あらためて明治学院のリッチな歴史を堪能することができました。同じ建物を見ても、知識があるのとないのとでは、見え方がまったく違ってきます。今度、明治学院に行くときには、じっくりとキャンパスの各所を味わいたいと思いました。

 二日目午後にあったシンポジウム「賀川豊彦と現代──評価と展望」のメモを下につけておきます。大ざっぱなメモですが、話の雰囲気を知っていただけると思います。

■戒能信生(日本キリスト教団東駒形境界牧師)「賀川豊彦と日本のプロテスタント教会」
自分が牧師を務めている東駒形教会は関東大震災後の賀川による救援活動の中から生まれた。

1.キリスト教界において賀川が評価されてこなかった理由
 あまりに多面的な執筆と活動。賞賛と批判とが存在する。その両者は交わらない。この傾向は、キリスト教界においてこそ強いのではないか。日本のキリスト教の「潔癖さ」が関係しているかもしれない。
 賀川豊彦献身100年のプロジェクトが行われた。多くの関係団体が、今も賀川を継続的に研究している。それに対して、キリスト教界の関心の低さが目立った。

2.プロテスタントの東京下町(隅田川以東)伝道
 明治以降、何度も伝道が繰り返されたが、結局、実を結ばなかった。組合教会は一つもない。メソジスト教会は二つ。主要教会の伝道は根付かなかった。それに対し、ホーリネス教会、救世軍、賀川豊彦関係の教会は多く存在している。主流教派が労働者の層に伝道できなかったとは対照的。
 賀川らの教会には労働者、貧しい者たちが集まった。

3.プロテスタント第二世代に視野をひろげて
 山室軍平、中田重治、賀川豊彦らは第二世代。庶民・民衆層への伝道に成功、国家から弾圧を受けたという共通項。
 救世軍は国家から批判の目を向けられるが、イギリスとの関係を絶ち救世団として生き延びていく。庶民・民衆層に浸透したがゆえに、国家からの弾圧を受けたのではないか。

4.賀川豊彦を評価する方法の問題
 隅谷三喜男:賀川の人物伝を記している。
 金子啓一の賀川関係論文:神学思想として賀川を一貫してとらえることはできない。賀川にかかわった人たちの視点から賀川を見たとき、新しい研究ができるのではないか。
 第二世代の指導者(山室・中田・賀川)とそこに従った人たちの活動を見る中で、日本プロテスタント教会の課題が見えてくるのではないか。


■鵜沼裕子(聖学院大学)「賀川豊彦の信の世界」
 賀川の信の世界のありようを内在的に解き明かすこことを目的とする。様々な諸活動を支える内的構造をとらえたい。「信仰」、絶対他者への帰依とは区別して「信」をとらえる。

1.原体験としての神秘的体験
 賀川は神秘家的資質を持っている。臨死体験も持っているのではないか。

2.「生命」「宇宙」「神」
 自己の生命がより大いなる生命の配下に置かれているという実感。個の生命を越えた普遍的な生命。大宇宙を一個の意志的な生命体と考えた。宇宙そのものが神であるという理解とは区別される。しかし、神と宇宙の間に断絶を見る正統プロテスタントの考えとは異なる。
 賀川を論理的に整理しようとすると、時として賀川の不当な評価につながってしまいがち。
 『宇宙の目的』(1958):宇宙は選択性に基づいて目的に向かって進展する。
 生命における「心」の誕生。
 童話『爪先の落書』:『宇宙の目的』の子ども版として理解できる。

3.「終末」「宇宙の虚無」
 社会悪だけでなく、宇宙にひそむ「虚無」を見据えていた。
 散文詩「終末のラッパ聞こゆ」。虚無の彼方に笑っている神を見る。神の途方もない虚無性。賀川の思想と運動は単なる楽観主義ではないことを示している。

4.「宇宙の目的」に向かって──平和運動
 宇宙目的とは何か。イエスに「生命芸術としての美」を見る。
 賀川の贖罪愛の理解は正統プロテスタントの理解と異なる。贖罪愛を社会改良の根本原理とする。贖罪愛の連帯性から世界平和、世界連邦国家の理想へと向かう。


■稲垣久和(東京基督教大学)「公共哲学からの評価と創発民主主義」
 公共の場とは何か。それを意識しなければ公共の神学は成り立たない。
 宗教が公共の場で役立つと言うと、戦前との関係で疑いの目で見られる可能性がある。公共の場で語ることにためらいがあった。これまでの憲法解釈・政教分離も、公共の場から宗教を排除することを含意してきた。
 『靖国神社「解放」論』。公共の場で、過去の歴史を悼むことが必要だという主張。公共の追悼の場の必要性。

 我々の生活世界はどのような構造を持っているのか。賀川が50年前に取り組んだ課題を我々はどのように受けとめるのか。
 私事化したスピリチュアリティ。他者との連帯。創発民主主義。リベラル・デモクラシーの基本は個人主義。ソーシャル・デモクラシー(北欧型)という異なるタイプの民主主義もある。いずれでもない、日本の特性を生かした民主主義、第三の民主主義を「創発民主主義」と呼んでいる。

 賀川が記しているのは科学そのものではなく、メタ科学。

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