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比叡山宗教サミットでは、海外からも多数の来賓が来られました。各界の宗教者が集まって、最後には「比叡山メッセージ2007」が読み上げられました。比叡山から世界平和を発信していこう、という趣旨です。
今、大量の学期末レポートを読んでいます。その中には宗教学6「戦争・正義・平和――宗教多元社会の中で」のレポートもあり、平和や戦争について学生たちの考えに触れています。一言でまとめるのは難しいのですが、みな、それなりに悩み、しかし日常的には確たる指針を見出すことが容易ではないことが伝わってきます。
お山の上から高らかに発せられる「世界平和」も大事ですが、それと同時に、足下で平和構築がどのようになされているのか(なされていないのか)についても考えた方がよいのではないでしょうか。
改憲論議については、先日の参院選の結果、強引な舵取りはしばらくはなされないでしょう。しかし、平和とは何か、を具体的に考える過渡期に日本社会がさしかかっていることは間違いありません。
このような状況の中で、日本社会、とりわけ若者に対し、よい知的刺激と指針を与えることのできる活動を宗教界が率先して行うことができれば、どれだけすばらしいでしょうか。
現状は、そうはなっていないと思います。各界のエリートが集まってなされる宣言は貴重です。しかし、次世代を担う人たちに届くような、もっと足下でなされる平和構築の働きかけが欠けているのは残念です。
私は、お山の下で何ができるのかを考えていきたいと思います。
しかし、こんなえらそうな(!)ことが言えるのも、比叡山宗教サミットがあるおかげだと言えますので、やはり貴重な20年の歩みであることは積極的に認めたいと思います。
比叡山宗教サミットの二日目、世界平和祈り式典の様子の映像をアップします。
全体は2時間ほどのプログラムですが、10分ほどの映像にしています。どのような人たちが参加され、また、どのような祈りがささげられたのか、その雰囲気を知っていただけると思います。
三脚無しで、しかも、比較的遠方からズームを使って撮影していますので、場面によっては手ぶれしていますが、ご容赦ください。
下記、朝日新聞の記事が、比叡山宗教サミットの雰囲気をよく伝えています。
■平和へ祈りささげ20年 比叡山宗教サミット(朝日新聞)
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200708040039.html
この記事においても、20年を節目とした課題がいくつか指摘されています。たとえば、次の問い。
「ヒロシマ」や「ナガサキ」に続き、この20年間で「ヒエイザン」からも世界に平和のメッセージを伝えられたのだろうか。
この問いに対する答えは、やはり「ノー」でしょう。ヒロシマ、ナガサキから発せられる、歴史的体験に裏付けられたメッセージのリアリティと比べるなら、ヒエイザンのそれはまだきわめて抽象的で、世界はおろか、国内的にもまだ広くは行き渡っていないと思います。
これは何も否定的な評価をしたいわけではなく、それくらいの現実認識を踏まえてこそ、今後の具体的な展望が開かれてくるだろうと考えるからです。
ヒロシマ、ナガサキの運動が、大衆運動としての側面を持っているのに対し、ヒエイザンのそれは、まだエリート主義的な壁を乗り越えられてはいないでしょう。
また、上の朝日新聞記事でも言及されていましたが、今回のサミットで「自然環境との和解」が初めて取り上げられました。かけ声は結構ですが、これも国内的には実体がともなっていません。宗教界の中に、本腰をいれた環境問題への取り組みは残念ながらまだ見受けられません。
自分たちがまだほとんど何も十分なことをしていないのに、世界に向けて「自然環境と和解」すべきだと語っても、十分な説得力があるとは言えないでしょう。
ちょっと辛口のコメントになりましたが、それは20周年を節目に、一皮むけた運動体へと脱皮していって欲しいという、大いなる期待の裏返しでもあります。
比叡山に登ってきました。
おそらく10年以上ぶりだと思います。下界は蒸し暑く汗がだらだらと出るような日でしたが、さすがに比叡山は2、3度は気温が低かったと思います。ヒグラシの鳴く声も軽やかで、時折、さわやかな涼風が吹き抜けていました。やはり娑婆世界とは違いますね。
二日目の世界平和祈り式典は延暦寺の根本中堂の前で行われました(右上写真)。
国連事務事情らの挨拶の後、平和の鐘が打ち鳴らされ、その後、各宗教による平和の祈りがなされました。
仏教、キリスト教、ヒンドゥー教、ネイティブ・アメリカン、イスラーム、教派神道、神道、ゾロアスター教などの代表者が祈りをささげました(左写真は仏教の祈り)。
その後、たくさんの折り鶴を入れた透明球体の「平和の地球の創造」というセレモニーがあり、最後に、比叡山メッセージ2007が披露されていました。
坂道に長時間座っていたので、おしりが痛かった! しかし、比叡山の木々に囲まれた雰囲気は独特で、しばし、心を落ち着けることができました。
参加者がどれくらいいたのかわかりませんが、1000名近くいたように、アナウンスでは言っていたように思います。
各界から門徒や信徒が集まってきているのですが、それら参加者同士がお互いに交流する場や時間はありません。もったいないな~、と思った点です。
二日目の様子はビデオカメラで撮影したので、後日、編集がうまくいけば、ここでも紹介できるかもしれません
比叡山宗教サミットの1日目のプログラムは、京都国際会館で行われました。
どのような顔ぶれが海外から来られたかは、プログラムで概要を知ることができますが、実際には、ここに掲載されている以外にもいます。
けっこうな大物が多数来ているという点では、お祭り的な賑わいがあります。ただし、多すぎて、一人ひとりの話す時間が非常に制約されたり、議論を展開するような時間はまったくない点が、やはり惜しまれます。
昨年の世界宗教者平和会議と同様、この種の会合の宿命かもしれませんが、似たような国際会議を企画することの多い者としては「もったいないな~」と思いました。華やかさを取るか、実質を取るかのバランスは難しいです。
プログラムの最初には、ボスニア・ヘルツェゴビナの子どもたちと広島の子どもたちが登場しました。子どもたちが描いた絵と共にショートメッセージが各自から紹介されました。
その後、国連事務次長やアズハル大学副学長(右上写真)のメッセージがあり、記念講演、シンポジウムと続きました。
記念講演では、カトリックとイスラームの代表者がそれぞれ40分近い話しをしました。それぞれの世界においては、ごく標準的なレベルの話しかもしれませんが、仏教関係者が多い一般的な日本の聴衆にとっては、かなり難しかったのではないかと推察します。
もっと短くて、しかし、それぞれの宗教が抱えている課題を具体的に提示することもできそうなものですが、このあたり、大会主催者との間で十分な詰めができていなかったような印象を持ちました。
あまりにも数が多くて、話の内容を端的に要約するということはできません。いずれにせよ、20年間、平和希求の試みを続けてきた努力には十分な敬意を表したいと思います。
明日は、比叡山に登ります(徒歩ではなくバスで!)。
20周年となる比叡山宗教サミットが、明日から二日間開催されます。
私も二日にわたって参加する予定です。すでに、このサミットをめぐって某紙から取材を受けているのですが、実際を見ずして論評するのはよくありませんので、しっかりと様子を見てこようと思っています。
関西圏では比較的知られている夏の行事の一つですが、関東の方では記事にすらならないことが多く、全国的にはあまり知られていないのではないかと、某紙記者の方は述べていました。
とりあえず、関連の紹介記事として次のようなものがあります。
祇園祭の宵山(7/14-16)に入ろうとしていますが、近畿は台風接近中で、すごい雨です。
右の写真は、今日のお昼頃に四条通で写したものです。山鉾の中でも一番有名なものの一つ、長刀鉾(なぎなたほこ)です。てっぺんに長い長刀がついているのが特徴で、全長20メートルほどあります。山鉾巡行(7/14)の先頭を受け持つ鉾としても知られています。
山鉾巡行の頃には、雨もおさまっていると思いますが、宵山を楽しもうと京都を訪れた観光客にとっては、今日・明日あたりは最悪の空模様になりそうです。
祇園祭について京都新聞作成の次のページが詳しくて便利です。
■祇園祭2007
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/gion/gion.html
1964年に建てられた京都タワーが、はじめての大規模改装工事に入っています。
昼間見ても目立たないのですが、夜ライトアップされると、てっぺんにカバーがかぶせられ、展望大部分が部分的に覆われていることがよくわかります。
外装の塗り替えだけでなく、展望レストランを大きく作り替えるようです。
私は外から眺めるばかりで、展望室には一度も行ったことがありません。料金は大人770円なので、べらぼうに高いわけではありません。
京都駅ビルの頂上からも似たような光景を見ることができるので、果たしてどれくらいの人が足を運んでいるのか・・・
改装が完了したら、一度行ってみようかなとも思っています。
■京都タワーについて
http://kyoto-tower.co.jp/kyototower/tower/index.html
時差ぼけがまだ残っていて、夜中に目が覚めてしまうので、朝早くからの労働はけっこうしんどいのですが、そういう事情はおかまいなく、「日韓神学フォーラム」の第2日目が行われました。
前日、タイムテーブルを修正したので、2日目は第2セッションの後半からスタートし、第3、第4セッションを行いました。
これまでのセッションもそうでしたが、あらかじめ発表者とコメンテーターの原稿を冊子にしているにもかかわらず、再度、それを読み上げたり、内容を繰り返したりする人が続出したため、なかなかディスカッションの時間を十分に取ることができませんでした。
各セッションの司会者の采配によるところが大きいですが、あまりにもひどかったので、第4セッション(総合討議、司会は私)では、ストレートに苦言を呈しました。
ディスカッションの時間を多く取ろう、ということで時間をかけて冊子を作ったのに、この有様はどういうことか、継続的に対話を行っていくためには、対話の作法・マナー(たとえば時間を守ること)が必要なのではないか、等々。韓国サイドの代表であるイ・ジョンベ先生が申し訳なさそうに謝っておられましたが、問題はもちろん韓国の側だけにあるのではありません。
発表者だけでなく、参加者のできるだけ多くが、対話の主体者になっていく、という方向を目指すべきだと私は強調しました。
内容的な質疑応答があった後、来年の開催テーマについて意見を交わしました。来年は韓国で、同じ時期に開催される予定です。テーマは今後詰めていかなければなりませんが、両国におけるキリスト教の受容・影響・課題といったものが大きな枠組みになりそうです。
第4セッション終了後、神田先生(関西学院大学)の司式・説教による閉会礼拝がなされました。
今回、全体としては、形式的な問題は先に指摘したとおりにあったにせよ、内容的には十分満足いくものでした。「民族」「ナショナリズム」をめぐって、両国の問題点を広く共有できたのではないかと思います。いずれにせよ、これほどの人数で、焦燥の課題について議論し合ったことはこれまでなかったわけですから、画期的なことと言ってよいでしょう。
かなり疲れましたが、予定したプログラムを無事終えることができて、ほっとしました。
ところで! 少しほっとして、その後すぐに、同日午後に依頼されていた講演のために、その会場に向かいました。経済学部の父母会の全国集会が同志社びわこリトリートセンターで行われており、そこで「ダ・ヴィンチ・コード」についての講演を行いました。
今さら、「ダ・ヴィンチ・コード」でいいんですか?!と依頼者には問いを発したのですが、その内容で依頼されたので、素直に引き受けました。会場で100名程度集まった父母の方に、おそるおそる、「ダ・ヴィンチ・コード」の本も映画も見たことがない人に挙手を求めたところ、半数近い手があがりました。ブームが去ったこの時期に、まったく「ダ・ヴィンチ・コード」経験のない人に対して話をするのは、正直しんどいものがありました。
ともあれ、ワシントンD.C.から帰国後、ほとんど休む間もなく、予定されていた仕事をこなし、ようやく一段落入れることができそうです。ふ~っ。(^_^;)
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