小原On-Line

サンタバーバラ紀行の最近のブログ記事

 在外研究レポート「グローバル・スタディーズと宗教研究」(『同志社大学広報』No.424)をアップしました。『同志社大学広報』は大学教職員向けの広報誌です。
 こういうのを見ると、アメリカにいたんだなーとしみじみ振り返ることができるのですが、在米中の生活と、帰国後の忙しさとの落差が大きすぎて、今や、カリフォルニアでのよき思い出が天の彼方にあるかのようです(泣)。
 創造的な研究を持続するためには、ある程度のゆとりが必須の条件ですが、日本の私立大学ではなかなか事情が許してくれません。
 明日から新学期が始まります。
 サンフランシスコ・マラソン(7月25日)の動画をアップしました。写真と動画を組み合わせたものです。動画部分は、サンフランシスコ・マラソン公式サイトが参加者向けに提供しているものを、キャプチャーしました。画質はよくないのですが、ゴールインしている私の姿が映っています。ちなみに、スタートは早朝5:42でした! 真っ暗な中をスタートしたのが印象に残っています。
 走り終えてから、まだそれほど日がたっていないのですが、とても昔のように感じてしまうのは、帰国前・帰国後、ばたばたして落ち着いていない証拠なのでしょう。
 続けて走りたくても、暑い、雨が降る等、言い訳にしてしまいたくなる条件が、意欲をそいでしまいます。まずは、身辺整理を進め、落ち着かなければ!

 いよいよ帰国となりました。サンタバーバラを離れ、今、サンフランシスコに滞在しています。明日の便で、関西国際空港に向かいます。
 出発前は、一年間住んでいた家の掃除や片付け、そして荷造りと大忙しでしたが、その間、別れを惜しむかのように、多くの人と楽しい一時を過ごすことができました。直前には、Mariko さんご夫妻と夕食を共にしたり、カマリロ(Camarillo)の山本牧師と丸一日楽しく過ごすことができました。去りがたい思い出がサンタバーバラやカリフォルニアには、たくさんあります。
 この一年間で経験したこと、学んだことを振り返り、総括することは、日本に帰ってからの課題となりますが、短かったとはいえ、一年間アメリカで生活できたことは大きな刺激となりました。

20100730.jpg 目下、帰国を目の前に控え、荷造り等の準備をしています。帰国直前に、数々の楽しい経験もあったのですが、今、それらを詳細に記す時間的余裕がありませんので、ひとまず、先日のサンフランシスコ・マラソンの記録を掲載しておきたいと思います。

 記録は、2時間1分29秒でした。想像以上に、坂道が多く、きつかった割には、まずまずの結果を出せたと思います。体力は残っているのに、足が動かなくなるのは、明らかに走り込み不足です。体重をもう少し減らし、十分に走り込んでいれば、2時間を切ることができたと思います。

 8394人中、1777番でした。この順位は早いのか遅いのか、よくわかりませんが、真ん中より上だったのはよかったと思います。もっとも、レース中には、早い人にどんどん抜かれていきましたが。
 右の写真は、中間地点での一コマ。電子タグで記録を管理していますが、写真はちょうど計測のためのバーを通過しているところです。

 走っている最中は、回りの景色を味わう余裕がないのですが、普段、車があって走れないような場所を走れるのは、やはり気持ちがよいものです。特に、霧のかかったゴールデンゲートブリッジを往復できたのは、よい思い出となりました。

 下に公式記録を付けておきます。

20100730_1.gif


20100726.jpg
 サンフランシスコ・マラソン(ハーフ)、無事完走することができました。記録は、2時間1分29秒。
 後半、足が棒のようになり、気力があっても体が、なかなか前に進みませんでした。坂道がきつく、また、数も多かったのには閉口しました。
 詳しいことは、後日、お伝えしたいと思います。
 右の写真は、ゴールしたあとのものです。完走者がもらえるメダルを右手に持っています。防寒用のシートが風になびいて、まるでアンパンマンのようです。
 サンフランシスコ・マラソンを明日に控え、少しばかり緊張しながら、サンフランシスコの街中を散策してきました。
 昨日、ハイペースで15キロほど走ったのがたたり、筋肉痛が残っています。明日には治ることを願っていますが、ある程度年をとると、回復のペースが遅いことを時々実感します。
 今回は直前に遠距離の旅行が重なり、調整が予定どおりにはいきませんでしたが、完走を目指してがんばりたいと思います。 スタートは日曜日の朝5:42です。
20100721_1.jpg 先日の日曜日、こちらでの最後の日曜礼拝に出かける途中、フリーウェイで、後輪タイヤがバーストしました。
 最初、大きな音と振動を感じたのですが、何が起こったのかすぐにはわかりませんでした。パンクしたようだということに気がついて、おそるおそる車を右に寄せ、安全地帯まで移動させました。
 車を降りてタイヤを見ると、見事に破裂しています。よりによって、こんなんときに!とかなり焦りましたが、とにかく行動第一。しばらく前の旅行で一度、タイヤの換装を経験していますので、スペアタイヤをおろし、必要な工具をそろえて、早速作業にかかりました。
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 タイヤのボトルの一つは、車に搭載している特殊なレンチがないとはずれないようになっています。このことも、タイヤ交換を経験していなければ、おそらくわからずじまいであったと思います。
 左の写真で、タイヤが破裂した様子がよくわかります。どういう理由で、こうなったのかは、わかりませんが、フリーウェイでのパンク現場や、タイヤの残骸はよく見ますので、何か共通の原因(鋭利なものを踏んだ等)があるのかもしれません。
 これで、結果的に、タイヤ4本すべてが新品になりました(それなりの出費となりましたが・・・)。これをセールス・ポイントの一つにして、目下、車を売りに出しています。アメリカは個人売買が主なので、電話等で直接交渉します。

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 一時は、かなり焦ったものの、比較的短時間でスペアタイヤ(かなり小さい!)に交換し、安全運転で教会に向かいました。幸い、礼拝の中頃までに到着することができました。
 Bethany Congregational Church での礼拝は、これが最後になるので、名残を惜しみながら、挨拶を交わしました。
 右の写真は、礼拝後に青年(でない方も混じっていますが)たちと撮った記念写真です。みな、今時めずらしいほどの好青年たちで、本当に名残惜しいです。それぞれの進む道が守られ、また、いつかその道が交わる日の来ることを祈らざるを得ません。
20100717_2.jpg Bethany Congregational Church の若者たちと、滞在中最後となる LA ツアーに出かけてきました(Mariko さんが企画)。
 朝8:30に出発し、夜11時過ぎに帰宅し、とても濃密な LA 滞在となりました。メインは、中華街における飲茶。一般的に飲茶(やむちゃ)しながら、Dim Sum (点心)を食べることから、飲茶というと点心を食べることと同義になっています。
 朝早く出発したので、11時前には飲茶の目的地に到着しました。そこで、LA滞在歴の長い Akikoさんが合流しました。
 点心を運ぶカートが所狭しと移動しており、自分の気に入った点心を見つけると、そのカートを呼び止め、注文します。見て選ぶので、メニューで注文するより安心です。
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 見慣れたシュウマイ風の点心から、見たことのないようなものまで、実に多種多様の点心がカートにはのせられています。売り込みがすごく、ぼっーとしていると、いくつもテーブルに置いていかれるので、きちんと要・不要を伝えなければなりません。押しの強さは、感動的ですらありました。
 サンフランシスコ・マラソンが、あと1週間に迫っているため、しかも、すでに重量オーバーのため、食べる量を自制しなければならないと心に強く誓っていたのですが、おいしそうな点心の前で、私の決心は、もろくも崩れ去っていきました。
 たらふく食べて、この場を後にし、次の目的地である Japanese American National Museum に向かいました。

 このミュージアムは、LAダウンタウンのリトル・トーキョー近くにあります。何度も、この前を通り過ぎているのですが、今まで中に入る機会がありませんでした。日系人の歴史、特に移民初期の時代から、戦時下における強制収容所の時代までを、様々な展示物によって見せてくれています。
 パールハーバー以降、12万人もの日系人たちが送られたキャンプは当初 Relocation Camp や Assembly Camp と呼ばれていましたが、実質的には Concentration Camp と同じでした。1980年代以降、ロナルド・レーガン大統領やブッシュ(父)大統領の時代になって、戦時下における日系人の扱いが非人道的であったことを謝罪するメッセージが出されています。
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 キャンプに送られる直前、LAで最後の礼拝をした際の日系人牧師(メソジスト)の原稿も展示されていましたが、とても胸を打つ内容でした。
 残難ながら、展示施設内は撮影禁止であったため、写真が一枚もないのですが、関心のある方は同ミュージアムのウェブサイトから、雰囲気を知っていただくことができると思います。
 日本の学校でも、こうした日系人の歴史を積極的に学ぶべきだと思います。戦争が引き起こした悲劇を、別の角度から感じ取ることができるからです。

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 このミュージアムのあと、すぐ近くにある全米最大のカトリック教会 Cathedaral of Our Lady of the Angels を訪ねました(右上写真参照)。さすがに大きかったです。また、非常にモダンな建築様式でした。
 礼拝堂を訪ねたとき、偶然、結婚式の最中でした。英語とスペイン語(らしき言語)で式が執り行われ、時折、美しいピアノ(オルガン)演奏、歌唱がはさみこまれ、華やかで、かつ荘厳な結婚式の雰囲気を共有することができました。
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 礼拝堂の天井はとても高かったのですが、屋外のうだるような暑さにもかかわらず、礼拝堂内は、ひんやりとしていました。これだけの容積に空調を効かせるのは、とても大変だと思いますが、おそらく構造的に外気(暑さ)を遮断するようになっているのでしょう。
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 礼拝堂の側面には、カトリックの聖人や聖人に近い偉人たちの絵が描かれていました。様々な国籍の人々が描かれているのが印象的でした。
 ちなみに、左写真の壁画では、マザーテレサやユニペロ・セラが描かれていました。
 礼拝堂を出たあと、ギフト・ショップを訪ねました。大きなカトリック教会のギフト・ショップは、品揃えが充実しており、ながめるだけでも楽しいです。この点で、プロテスタント教会は太刀打ちできそうにありません。
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 ギフト・ショップ前で記念の写真を撮りました。この顔ぶれで、普段から、わいわいやっています。近々お別れしなければならないと考えると、心が痛みます。

 ミュージアムと教会という文化的な施設を訪ねた後、食の達人 Mariko さんお薦めのクレープ屋がある The Grove というショッピング・モールに移動しました。ハリウッドの近くにあるのですが、私はこれまで立ち寄ったことがありませんでした。
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 行って、びっくり。専門店や屋台風のお店、Farmers Market などが立ち並ぶ一大コンプレックスで、たくさんの人であふれていました。
 昼頃に、これ以上食べることができないというほどの点心を食べたのですが、少し歩いたせいか、クレープはとてもおいしく食べることができました。
 メニューにはたくさんのクレープの種類が書かれていましたが、スタンダードなデザート的なクレープを注文しました。写真は Tropical Crepe と呼ばれるものです。
 クレープを食べたあと、The Grove の中のお店を見て歩きました(自由行動)。私はもっぱらウィンドウ・ショッピングですが、おっと目を引くものに遭遇しました。
 なんと、LAのアップルストアーが目の前には立ちはだかっているではありませんか。
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  迷うことなく、入り口へと突き進み、あたりを見渡しました。iPhone 4 発見! 初めて実物の iPhone 4 を手にすることができました。同じ iOS 4が入っているとはいえ、私の iPhoen 3G とは比べものにならないほどレスポンスがきびきびしています。
 次に試したのが、サイドの金属部分を握り続けること。今、問題になっている受信状態の検証です。強く握り続けると、受信バーがどんどん減り続けていく動画を何度が見ましたが、私が試しても何も起こしませんでした。この問題について、先日、アップルが記者会見を開きましたが、どういう形で落ち着くのか、まだ予断を許しません。
 アップルストアーをくまなく回ったあと、合流地点に向かい、それから夜の食事のためにLAの北方向にある韓国料理店を目指しました。ハリウッドの中心部を抜けていくため、けっこう渋滞していました。
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 点心、クレープの次は韓国料理 BCD Tofu House。ここも、食の達人 Mariko さんのお薦めなので、味に間違いはありませんでした。豆腐鍋をベースに各種の韓国料理を注文しました。キムチやお総菜も、とてもおいしかったです。

 とても充実した食い道楽 LAツアーとなりました。こうなると減量とか何とかいう気持ちは吹き飛んで、半ばやけくそ状態ですが、とにかくよい食の経験と、親好の機会を持つことができ、満足して帰路につくことができました。
 帰宅後、体重計に乗りました。何と、2.5キロ増! さもありなん、という数字ですが、体重より大事なものは世の中にあります。明日から、再調整していきたいと思います。間に合うかな〜?
 サンディエゴでの滞在を終えて、帰路につく途中で Mission San Diego de Alcalaに立ち寄りました。これまで、いくつか Mission を訪ねてきましたが、ここは The First Mission ですから、素通りするわけにはいきません。
 Mission San Diego は、1769年7月16日(今日!)にユニペロ・セラによって設立されました。241年前ということになります。このミッションはもともと Presidio Hill と呼ばれる現在のダウンタウンよりの場所に作られていましたが、1774年に現在の場所に移転しています。Presidio Hill からカリフォルニア・ミッション、カリフォルニア開拓が始まりましたので、Presidio Hillは、「カリフォルニアの始まりの場所」としても知られています。
 もっとも、ネイティブ・インディアンの人々からすれば、はるか以前から、そこは自分たちの土地であり、カリフォルニアの始まりは、植民地化の始まりでもありましたから、「カリフォルニアの始まり」は、あくまでもスペイン人たちの視点から見たものに過ぎません。
 そうした歴史の一部も、Mission San Diego の小さな博物館の中に展示されていました。

 Mission San Diego の中には、聖フランシスコの像がありました。カリフォルニア・ミッションは、フランシスコ会派(Franciscan)によって進められましたので、聖フランシスコの像がもっとあってもよさそうなものですが、私はここで初めて見ました。カリフォルニア・ミッションの顔セラは、いつも(ちょっと怖いくらい)威厳を持って描かれていますが、小鳥とたわむれる聖フランシスコは、実におだやかで優しい表情でした(写真参照)。
 話はそれますが、ドイツ留学時代、私は何度がイタリアに旅行に行きましたが、いまだに鮮明な記憶を残しているのがフランシスコ(フランシス)がその生涯を過ごしたアッシジです。フランシスコの清貧で素朴な生き方、また、小鳥への語りかけで知られるように、動物愛(自然愛)に満ちていたことなどが、当時、私の関心を強く引いていました(今もそうですが)。

 ともあれ、Mission San Diegoは、21あるカリフォルニア・ミッションの出発点となったミッションですから、なかなか見応えがありました。たくさん撮った写真を、いずれまとめたいと思いますが、ひとまず数枚の写真をのせておきます。

 サンディエゴには2007年11月、アメリカ宗教学会に参加するために訪れたことがありますが、今回、久しぶりに再訪することができました。前回は訪ねたといっても、学会の合間を縫って、数カ所を回っただけでした。今回は、車で移動できるので、かなり広範囲にサンディエゴの町並みを楽しむことができました。
 今回も、San Diego Zoo を訪ねましたが、Zoo のある Balboa Park を散策することができましたし、また、Zoo の近くにある San Diego Natural History Museum を訪ねることもできました。そこでは、訪問時に上映されていた 3D 映像 The Waking Sue を見ることもできました。史上最大の恐竜 T-Rex がどのように発見されたのか、また、Sue と名付けられたその恐竜がどのような生涯を送ったのか、ということを見ることができました。Sue の化石はシカゴにあり、2年前に私は実物を見ているので、3D 映像を見ながら、妙な懐かしさを感じました。


 今回、San Diego Zoo に、ナイトタイム・チケットで入りました。夜9時まで見ることができます。多くの動物は夜行性なので、夜見ると、昼間には見られないような活発な動きを見ることができます。
 昼間は、けだるそうに眠っているライオンが、夜には咆哮して歩き回っていました。迫力が違います。夜の動物園も、なかなかの見物です。

 サンディエゴでの写真を以下につけておきます。

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