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 研究発表「生物多様性に対する神学的考察」(日本基督教学会 近畿支部会、2011年3月29日)の動画を YouTube にアップしました。当日はパソコン・プロジェクターを使わず、ただ口頭で発表しただけでしたが、わかりやすさの便を考え、レジュメに対応したスライドを作成しました。
 今回の動画には新たな試みが組み込まれています。コアラ型のアバターが節目節目で登場するようになっています。通常、研究発表や講演会で動画撮影をすることは困難ですし、また、実物の私が出てくるより、コアラが出てくる方が、おもしろみが出るのではないかと考え、今回、アバターに初挑戦しています。
 作成にあたっては、類例がないかとインターネットで調べてみたのですが、学術的内容にこの種のアニメーションを使っているものは見当たりませんでした。これはあくまでもプロトタイプで、今後、検討を重ね、より飽きの来ないコンテンツ設計を探求していきたいと考えています。

 関西学院大学で開催された日本宗教学会 学術大会でパネル「「日本宗教史」を大学でどのように教えるか」に参加し、発表「「日本宗教史」の教え方──特に一神教の論じ方と関連して」を行いました。宗教学5「日本文化の中の宗教──古代からグローバル時代に至る宗教のポリティクス」をベースにして話をしました。
 以下にパネルの趣旨説明文(大正大学・星野英紀先生が代表者)をつけておきます。私を含め4名の発表があり、その後、パネルディスカッション、フロアーとのディスカッションがありました。

 日本は「生きた諸宗教の博物館」であるとかつて言われたことがあった。さまざまな宗教伝統が長い歴史のなかで並列的に位置しながら相互に影響を受け、現在も日本人の日々のなかに生き続けているというような意味であろう。このことが日本のみの特徴であるかどうかは別にして、ある程度首肯できる事実ではなかろうか。
 それではその多様さのなかで確立している「日本宗教史」をトータルにかつコンパクトで適切に、大学で教えることはいかに可能であろうか。宗教の人間社会と文化に与える影響は多様である。高度の抽象的思想から日常的行動まで、社会の支配層から大衆層まで、それはきわめて広範囲である。初等、中等教育での宗教の扱い方とも絡んで、日本の大学における日本宗教史の講義はなかなか工夫がいると考えられる。
 とくに、現代は、異文化教育、異宗教教育の必要性が主張されるようになった。日本国内に在住していても、さまざまな外国人としばしば接触、交流する機会の多い時代である。また外国へ仕事、プライベートを問わず出かけるチャンスもまたごく当たり前である。こうした異宗教文化への理解はいまや欠かせない。その意味からも大学生が、日本人、日本文化がいままでどのような宗教伝統と接触融合してきたかを知ることは大切なことと考える。
  本パネルでは、1セメスター15回の講義で、対象は1,2年生向けの一般教養科目のうちの講義科目という想定の下に、いかなる「日本宗教史」の講義が可能であるか、各パネラーのシラバス等を資料として議論をしてみたいと思う。パネラー、コメンテータには「日本宗教史」を日頃担当したりあるいは「日本宗教史」の視点で研究を進めている方々をお迎えしている。宗教を大学で教える我々のFD活動という性格もあることは言うまでもない。
 なお本パネルは日本宗教研究諸学会連合との共同開催パネルである。
 ノルウェーでのテロに関連して、キリスト教原理主義について、7月24日記事(「ノルウェー・テロ:キリスト教原理主義との関係?」)7月27日記事(「右翼思想とキリスト教原理主義の関係──アメリカとヨーロッパの違い」)で記しましたが、この勢いにまかせて、今日は、近代日本における原理主義について簡単に記しておきたいと思います。
 先の記事でも触れたように、日本では「原理主義」と聞くとそれを暴力やテロの原因として短絡視してしまう傾向があります。しかし、原理主義が内包する問題の広がりは、決して外国での話ではなく、我々の歴史の一部にも深く関係していたことを知っておくことは大切です。
 原理主義をどのように定義するかは、専門的な学問領域でも論争を引き起こしてきましたが、ここでは簡単に狭義と広義の理解を示しておきます。狭義の理解では、原理主義は、20世紀初頭のアメリカ・プロテスタントの文脈で理解されるキリスト教原理主義として理解されるべきです。これが原理主義の原義と言ってもよいでしょう。他方、広義の理解ではキリスト教に限定せず、他の宗教や運動における同様の傾向性に注目します。私の場合、「近代化・世俗化に抵抗しつつ、それを超える文明論的な原理を掲げる、思想的・政治的な運動」(小原・中田・手島『原理主義から世界の動きが見える』PHP研究所、2006年、32頁)と定義しています。
 広義の理解に立てば、国家神道を近代国家形成のための基軸に据え、欧米に抵抗しようとした近代日本の国家体制は、原理主義的傾向を持っていたということができます。また、それは神道に限らず、仏教にも多かれ少なかれ見られた傾向でした。そのあたりのことは、少し前のものになりますが、以下の研究発表で触れています。

「近代日本宗教史の中の「原理主義」―キリスト教原理主義との比較」、京都・宗教系大学院連合 第2回「仏教と一神教」研究会

 細部はともかくとして、ここで私が言いたいのは、「原理主義」と聞いて、それを外国における暴力・テロの原因として直結してしまうのではなく、私たちの歴史の一部にも、類似の構造があったことを認識することを通じて、問題の普遍性を理解することに努める必要があるということです。

 なお、このブログにおける原理主義関係の記事は以下のタグからご覧いただけます。

■ KOHARA BLOG:「原理主義」
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 7月2日、東京大学で開催された Religious Studies in Japan の編集員会(日本宗教学会)に出かけてきました。よいお天気で安田講堂も映えていましたが(右写真)、やはり東京も暑かった! 本郷三丁目からわずかの距離を歩いただけで、汗だくになりました。
 日本宗教学会がその研究成果を国際化していこうということで、英文ジャーナル Religious Studies in Japan を発刊しようということになったのですが、やはり立ち上げには何かと課題が多いです。
 すでに原稿の募集は始めているのですが、まだいくつかクリアーしなければならない問題が残っています。何をするにしても、立ち上げ段階が一番大変です。継続するのも大変ですが・・・
 最初からすごいものを目指さずに、少しずつよいものに育てていくことができればと、個人的には考えています。
 3月29日、日本基督教学会近畿支部会で行った研究発表「生物多様性に対する神学的考察」を KOHARA Podcasts にアップしました。
 発表時間は20分なのですが、後半、時間に余裕がなくなってくると、かなり早口になっています。
 3月29日に同志社大学で、日本基督教学会 近畿支部会が開催されました。私は、全体の運営係を任せられていたため、前日から、大学院の学生さんたちと共に会場設営にあたり、当日も、ばたばたしながら会場準備をし、会場係をつとめました。
 これに限らず、3月後半は各種行事(会議を含む)がつまっていて、結果的に、一息入れることもないまま、新学期突入という状況です。
 日本基督教学会 近畿支部会の会場運営に奔走しながらも、自分が担当していた発表会場で、研究発表「生物多様性に対する神学的考察」を行いました。他の発表者のように原稿を用意することは到底不可能でしたので、私はA4で2ページ分のレジュメを用意し、それに基づいて発表しました。そのレジュメは、上記リンクにアップしています。
 まだ試論的な段階ですが、神学関係ではまだ未開拓の分野である「生物多様性」を取り上げました。個人的には、生物多様性こそ、人類存続のバロメーターであると考えています。
 録音もしましたので、後日、KOHARA Podcasts にアップできればと思っています。
 今学期、Mayfair Yang 教授の Sovereignty & Governmentality:  Religious Dimensions というテーマのゼミに出席しています。Yang 先生は中国宗教の専門家ですが、このゼミでは、フーコー、アガンベン等、西洋の思想家をたっぷりと扱っています。西洋の巨人たちの思想を、中国の視点を交えながら議論していく、バランスの良さが心地よいです。
 毎週、かなりのリーディング・アサインメントがありますので、ちょっとさぼっていると読み切れないほどです。しかし、学生たちはきちんと読んできているようなので、毎回、感心させられます。難解な、しかも大量の文献に向き合う姿勢は、日本の学生にもぜひ見習って欲しいなと思います。日本でアメリカ流の授業をすると、教師はきっと嫌われると思いますが・・・
 参考まで、以下に授業概要を貼り付けておきます。

 昨年からすでに始まっている科学研究費補助金の研究要旨を掲載するのを忘れていました。科学研究費補助金は国民の税金よりまかなわれているわけですから、何を研究しているのか、きちんと説明する必要があります。しかし、年度末になって今年度予算の執行を精査していく中で、アップし忘れていたことに、ようやく気づいたという次第です。
 2009-2012年度の4年間にわたって「ポスト・セキュラリズム時代の比較宗教政策研究──信教の自由、政教分離を中心に」というテーマで研究を行います。
 今、あらためて申請した内容を読み直してみると、テーマがでかい! う〜ん、本当にできるのかと思ってしまいますが、そこそこできれば、結構おもしろい成果を出せるかもしれません。
 申請内容をきちんとアップすることによって、研究への自覚を自らに促したいと思います。
 今年も、Annual Report on International Religious Freedom がアメリカ国務省から出されました。まだ詳しくは読んでいませんが、これだけ網羅的な情報収集ができるのは、アメリカくらいでしょう。
 この報告書の意義については、ヒラリー・クリントン国務長官が記者発表していますので、関心のある方はご覧ください。

 上のページをじーっと見て、何かおかしいと気づかれたでしょうか? 何とタイトルに Religious Freedom の "Freedom" がないのです。ちなみに、ページタイトルにも "Freedom" がありません。いやー、アメリカ国務省ほどのところで、脱字がノーチェックで出てしまっているとは、妙に安心しました。
 おせっかいながら、国務省宛にメールを送っておきました。果たして、一民間人のメールをきちんと読んで、タイトルの修正がなされるかどうか・・・

 毎年のことですが、中国、イラン、北朝鮮などの国は「特に懸念される国」として名指して批判されています。
 クリントン国務長官のメッセージによれば、「宗教の自由」はアメリカの根幹的価値であるだけでなく、世界の普遍的な価値とのこと。こうしたアメリカの理解が、他国に正しく理解されているかどうかを検証することも大事だと思います。

 報告書の全文(バックナンバーも含めて)は次のページで見ることができます。

 世界の宗教人口の割合・分布などについては授業などでもよく触れることの一つですが、多かれ少なかれ宗教人口はあいまいさがつきまといます。
 イスラムに関しては12億から15億人くらい、という説明をしてきたのですが、最新の調査では、16億人弱、世界人口の4分の1がイスラム教徒(ムスリム)であることがわかりました。

 CNNの10月8日記事がそれをよくまとめていました。以下、その冒頭文を引用しておきます。

世界の人口約68億人のうち、4人中1人に相当する15億7000万人がイスラム教徒であることが、米調査機関ピュー・フォーラムの発表した資料で明らかになった。イスラム教徒が最も多いのはアジア太平洋地域で、中東の約3倍に達している。

 記事全文は、こちらをご覧ください。

 この記事にも紹介されているピュー・フォーラム、正式名称、Pew Forum on Religion & Public Life は実績のある調査機関で、私も Gallup などと並んで愛用しているものです。
 世界のムスリム人口についての最新の調査結果の詳細は、次のページで見ることができます。関心ある方は、ご覧になってください。

 詳細な叙述もさることながら、interactive map が非常によくできていて、人口分布を直感的に理解できるようにしてくれています。
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