小原On-Line

小原克博: 2005年8月アーカイブ

 YokoさんのTIME誌の"Evolution Wars"記事紹介に触発されて、「世界キリスト教情報」から関連の記事を下に紹介しておきたいと思います。 
 ちなみに、先々週のTIME誌のカバーストーリーは"HIROSHIMA"で、なかなか読み応えがありました。エノラ・ゲイの搭乗員へのインタビュー、被爆者へのインタビュー、いずれも当時の状況を彷彿とさせるリアリティがありました。

 「創世記」の記者は、当時の科学的知見を一部用いて、創造物語を記しており、近代科学において進化説が追求した方向と大きく異なるわけではありません。世界の秩序を説明したい、という欲求はいつの時代も存在しています。
 結局は、神を前提にするか、神なしに説明するかの違いに帰着するのであって、進化論論争は、そうした古典的問いの代理戦争を担わされていると言えるでしょう。

 今日から、三日間、西日本献身キャンプ(神学部入学を希望している高校生や他大学生のためのキャンプ)に講師として参加するため、同志社びわこリトリートセンターに出かけます。ここはインターネット接続環境がまったくないので(部屋から外部に電話すらできない!)、BLOGの更新は、帰ってきてからになります。

◎公立学校の授業で進化論以外も示すべきだ、と米大統領

 【CJC=東京】ジョージ・ブッシュ米大統領が、公立学校の授業で進化論以外の考えも示すべきだと発言、波紋を広げている。進化論に反対するキリスト教右派の主張に同意した、と受け取られたからだ。
 大統領は8月1日、テキサス州内各紙とのインタビューで、聖書を厳格に解釈するキリスト教右派が熱心に説いている「インテリジェント・デザイン(ID)」に関する見解を聞かれた際に明らかにした。
 人間の複雑な構造は進化論だけでは説明できず、「高度な理知」の手が入ることにより初めて完成するというのがIDの骨格。一部の学者は支持しているが、「創造説」を補完する形で提唱されることが多いので「科学の衣をまとった信仰ではないか」と批判されている。
 大統領は、テキサス州知事時代を振り返って、「私は、両方が適切に教えられるべきだと感じていた」と、語った。
 『ヒューストン・クロニクル』紙によると、大統領は、学校のカリキュラムは連邦政府が決めることではないと述べた。大統領は1999年の大統領選の際にも、「世界の始まりに関して、生徒たちは異なった考えに触れるべきだ」と述べていたが、自身がどの説を支持するのかは明らかにしていなかった。
 キリスト教右派は「インテリジェント・デザイン説に大統領のお墨付きをもらった」と歓迎の姿勢だ。
 南部バプテスト会議倫理と宗教の自由委員会のリチャード・ランド委員長は、「それは私たちが推進して来たものだ」として、大統領の姿勢に満足していると『ニューヨーク・タイムズ』紙に語った。同氏は、進化論が「事実としてあまりにも教えられ過ぎる」として、「進化論としてダーウィン説を教えるなら、それを理論として教えるべきであり、科学者の中に多くの支持がある別の理論を教えるべきなのだ」と言う。
 一方、全米政教分離連合などの公民権団体が「大統領としてあまりにも無責任な発言」と強く非難の声を上げている。
 『国立科学教育センター』のスーザン・シュペート氏は、「双方」を教えるべきだというブッシュ大統領の指摘は問題、だと指摘する。「一見、正しいようだが、特殊創造説は特定の宗教的観点であり、知的創造説も特定の宗教的観点なのだ。それを進化に関する別の議論と呼ぶことは、ある宗教的観点に特権を与えることになり公正でない」と言う。

 同志社の図書検索システムはDOORSというのですが、それが7月初旬より、学内紀要の全文検索(テキスト化されているものに限りますが)もできるようにアップグレードしました。掲載されている論文をPDFとして見ることができるので、使いようによっては、かなり便利です。
 著者名で検索するときには、姓と名の間に半角スペースを入れるのがコツです。スペースを入れないと検索結果が少なくなります。このあたりの不整合は認識されているのですが、完全に解決されるまではもうしばらく時間がかかるようです。

 ちなみに、神学部が発行している『基督教研究』はキリスト教関係では日本最古の学術雑誌ですが、1923年の創刊号から見ることができます。
 戦前・戦中のものはかなり痛んでおり、スキャンするのにかなり苦労していますが(わたしが電子化の責任者として進めました)、それをインターネット上で瞬時に見ることができるというのは、時代の恩恵を感じます。

 たとえば、「森 孝一」で検索すると30件ヒットし(中には、まったく関係のないものも混ざっていますが)、森先生が『基督教研究』に書かれた論文の全文を読むことができます。

■DOORS
http://doors.doshisha.ac.jp/

■同志社大学 紀要一覧
http://elib.doshisha.ac.jp/doshisha/number.html

050805 本日、スーダンからやってきて、しばらく日本に滞在予定のイサム・モハメド氏(Alneelain University教授)と会い、寒梅館7階のSecond House Willでランチを共にしました。モハメド氏の友人である武岡先生(名古屋大学名誉教授)も一緒でした。武岡先生については、2005年2月12日の記事を参照してください。
 モハメド氏はもともと獣医だったのですが、スーダンにおけるクーデターの影響で、公職を追放され、その後、あれこれあった末、名古屋大学で農業経済の博士学位を取得されました。
 彼から、クーデターによってイスラーム原理主義の政権が誕生したのですが、彼はまさにその犠牲者であったと言えます。
 しかし、スーダン南部のキリスト教徒とイスラーム教徒との23年に及ぶ争いや、ダルフールの虐殺のことについても聞きました。数日前、日本の各紙でも、南部の紛争解決に大きく寄与した副大統領ジョン・ガラン氏がヘリコプターの墜落で死亡した、との記事が掲載されていました。モハメド氏によれば、これはおそらく暗殺だろう、少なくとも、スーダンでは誰もがそう考えている、と説明してくれました。日本のメディアはここまで突っ込んだ言及はしていませんが、聞いていると、なるほどそうかも、と思わされました。

 同志社のキャンパスを歩きながら、彼が同志社の学生規模を尋ねるので、2万人くらいだと答えると、彼の大学は7万人の学生がいるとのこと。そして、スーダンの大学進学率は60パーセントを超えるということで、聞いて驚きました。非常に高い進学率です。
 量的な拡大にかなりスーダン政府は力を入れてきており、近年は、質の低下をどうするのかという問題に直面しているそうです。しかし、モハメド氏はたとえ質の低下を伴ったとしても、大学教育をできるだけ多くの人に受けてもらうべきだと考えています。教育によってしか、国の未来を大きく変えることができないとの信念を感じました。

 しかし同時に、学生の中にも、過激なイスラーム主義が入り込んでいるらしく、イラクやパキスタンに出かけて、そうした教えに触れようとする学生が後を絶たないそうです。彼がもっとも苦悩している点でした。彼は農業経済学が専門なのですが、実証的なデータの分析に基づいて、スーダンにおけるイスラーム主義の動向(特に、Islamic National Frontier)についての研究も進めており、原理主義とは何か、という点で話がはずみました。

 彼によれば、原理主義は悪い面だけで評価するのは間違いである、ということで、この点に関しては、わたしも十分に同意することができました。その言葉が使われている場所、意味内容によっても、理解の仕方は異なってきますが、原理主義=悪、テロリストといった等式を繰り返すだけでは何の問題解決にもならないことは明らかです。

 スーダンに来て、スーダンの様子をぜひ見て欲しいと懇願されました。夏は猛烈に暑いので、やはり冬がいいとのこと。来年2月頃に行くかもしれません。

050804a 8月3日~4日、宗教倫理学会の一泊研修会として高野山に出かけてきました。
 研究会のあと、高野山大学の山陰加春夫先生より「中世高野山の歴史と信仰」と題した講演をしていただき、中世高野山の大学事情や真言宗の信仰について学ぶことができました。
 高野山大学ができたのは816年のことで、初代学長は弘法大師空海ですから、それだけでも驚きです。
 山陰先生は、フランシスコ・ザビエルと同じくイエズス会修道士であったルイス・フロイスの記した『日本史』についても言及してくださいました。これは、信長・秀吉の時代を知る上で非常に貴重な資料なのですが、そこでは紀伊国は「国を挙げて悪魔に対する信仰と信心に専念している」と記されています。高野山をはじめとするこの地方で、神仏信仰が盛んであったことを指しています。当時のイエズス会修道士から見れば、それだけ、多くの参拝者を集める高野山は驚異に映っていたと言うことでしょう。

 山陰先生には重要文化財が密集している伽藍のあたりを歩きながら解説してもらいました。右の写真はその一こまです。

050804b 今回は、明王院という僧坊に宿泊しました。2年前には常喜院という宿坊だったのですが、それと比べると明王院の建物は非常に新しく、普通のホテルと変わらない設備でした。従来の僧坊のイメージとは大違いで、明王院に限らず、多くの僧坊で改築・改装が行われているそうです。左の写真が明王院です。置くに見えるのがお堂で、翌朝6時からの勤行に参加しました。とは言うものの、眠かったので、わたしが出かけていったのは、勤行が終わりかけの7時くらいでしたが。(^_^;)

 僧坊で出される精進料理は、何とも言えない味わいがあります。決して豪華ではないのですが、一品一品を楽しむことができます。高野山名物のごま豆腐にも舌鼓を打ちました。

050804c 4日の朝、弘法大師廟塔のある奥の院に出かけました。ここでは無数のお墓が、巨大な杉並木の間に所狭しと並んでいます。空気がひんやりとしており、奥の院を歩くのは、わたしにとっては高野山お気に入りコースの一つです。

 下界より気温が低いとはいえ、高野山も日中はきわめて暑かったです。しかし、下山し、難波に着いたときには、高野山の涼しさをあらためて実感しました。

 その後、京都にいったん戻り、夕方からは、民医連中央病院倫理委員会に出席しました(いそがしい~)。
 今日は、「終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションに関するガイドライン」を確定することができました。近々、倫理委員会のページに掲載されると思います。
 今晩の議論では、ターミナル・セデーションと安楽死の違いをどのように表記すべきか、をめぐって熱い議論が交わされました。

050802 今日は、オープンキャンパスで神学部のブースを担当しました。学生のアシスタントして、昨年わたしのティーチング・アシスタントを務めてくれていたKさんに来ていただき、学部説明会でも話をしてもらいました(Kさんは、このブログでは「うめさん」として登場。コードネームは「910」。「高の原教会のチェ・ジウ」とも呼ばれているらしい・・・)。

 右の写真は、オープンキャンパスへの来場者に配る一式の中に入っているおみやげの品です。うちわと、メッシュポーチです。
 ちなみに、オープンキャンパスのサービスは他の大学ではエスカレート傾向にあるようで、京都光華女子大学はケーキ・バイキング、名古屋産業大学は愛・地球博見学をオープンキャンパスに入れているそうです。すごい!

 同志社のオリジナルグッズも、毎年、変わるので楽しみになのですが、今年は、うちわを見てもわかるように京都色を前面に打ち出しているようです。うちわには"Doshisha University. KYOTO, JAPAN"の文字が記され、クラーク館の後ろには大文字と満月が。こういうアングルで大文字と満月が一度に見れるのかどうか、わたしは実際に見たことがないのでわかりません(寒梅館の7階あたりからは見られるのかも・・・)。

 ちなみにオープンキャンパスでは、いたるところにクラーク館が同志社のシンボルとして出てくるのですが、当のクラーク館は修復中で大きな建物ですっぽりと被われており、見ることはできません(あと3年近くは見ることができません。ペーパークラフトはこちら)。

 明日から、宗教倫理学会の高野山一泊研修会に出かけてきます。下界より涼しいことを期待しています。
 明王院という宿坊に泊まるのですが、プログラムを見ると「10時就寝」とありました。う~ん、10時に寝るなんて、かなり無理っぽいです。(^_^;)

 昨日、「京都・宗教系大学院連合」が新たに設立されました。
 今年初め頃から呼びかけを開始し、6回にわたる設立準備委員会を開催して、ようやく設立へとたどり着くことができました。
 まずは下記「設立の趣旨」をご一読ください。わたしが起草したものですが、この大学院連合の目指す方向をつかんでいただけると思います。


 事務局は同志社大学に置かれ、わたしが事務局長を務めることになります。これまでも各種組織で「事務局長」を務めてきた経緯があるので、この種のマネージメントはあまり苦にはならないのですが、今回は組織が大学院単位なので、各種調整はなかなか大変です。

 実は、来年度から単位互換制度を開始するために、具体的な提供科目の検討にまで入っています。おもしろい交流ができると思います。

 今年、同志社大学は創立130周年を迎えるのですが、130年前、すなわち、1875年に同志社英学校が京都にできたとき、いろいろな反発や批判を受けました。特に、その中心になったのが浄土真宗をはじめとする仏教関係者で、彼らは同志社を糾弾する集会を開いたり、同志社を京都から追い出すために知事に懇願に行ったりしたというエピソードが伝えられています。
 それを考えると、130年たった今、同志社と仏教系の大学院が連合を作って、密接な協力関係にあるというのは、歴史的な意味があると思います。新島襄が聞けば、さぞかしびっくりすることでしょう。(^_^;)

 一般市民向けの設立記念講演会も予定しています(来年1月頃)。まだまだ議論すべきことが山積みなのですが、最新の「京都・宗教系大学院連合」(K-GURS)情報を引き続き、このBLOGでお知らせしていきたいと思っています。


「京都・宗教系大学院連合」
(Kyoto Graduate Union of Religious Studies)
設立の趣旨

 伝統的な日本文化が息づく京都の地では、仏教をはじめとする伝統ある宗教が、様々な形で、現代の市民生活に影響を与えています。京都の地で宗教が果たしている固有の役割と意義については、国内にとどまらず海外においても、多くの人びとに注目されています。また、宗教を専門的に学ぶことのできる大学が京都には多く存在しています。それゆえに、京都を中心に、宗教系の大学院および教育研究機関が包括的なネットワークを形成すると同時に、その学術ネットワークを世界に対しオープンにしていくことができるなら、国内外の学生および研究者に対し、大きな活力と希望を与えるに違いありません。これが「京都・宗教系大学院連合」設立を目指すゆえんです。

1.教育の連合体として
 本格的な宗教多元化が進行する世界の中で、リーダーとしての役割を果たしうる人材を輩出していくためには、自らが帰属する宗教的伝統だけでなく、他の宗派や宗教についても認識を深めることのできる教育プログラムが必要です。「京都・宗教系大学院連合」は、次世代の研究者・宗教指導者を養成するための総合的な教育インフラを作ることに貢献できるでしょう。仏教系の大学院生が、身近なところで、ユダヤ教・キリスト教・イスラームを学べるのは得難い経験になるはずです。また同様のことが、ユダヤ教・キリスト教・イスラームを専攻する学生たちが、仏教をはじめとする日本の伝統宗教を学ぶことに関しても言えるでしょう。
 具体的には、学生の学習インセンティブを高めるためにも、相互の単位認定制度を整えることが望ましいと思われます。「京都・宗教系大学院連合」の共通サーティフィケート(履修証明証)を発行し、それを加盟大学院がそれぞれで単位認定する、という形にすれば、各校における現行の教務システムを大きく修正することなく、単位認定制度を運用することができるでしょう。

2.研究の連合体として
 仏教系大学および大学院の間では、すでにいくつかの研究上の相互交流があります。そのような関係を基盤にしながら、さらに異なる宗派同士だけでなく、異なる宗教同士が、より広い研究上の知見に立って、それぞれの研究を深めていくことに「京都・宗教系大学院連合」の設立は寄与すると思われます。
 具体的には、学術情報の交換、国内外の研究者との人的交流、共同の講演会・シンポジウム等の開催などを考えることができます。

3.組織について
 「京都・宗教系大学院連合」を教育および研究の連合体として機能させるために、各校の代表から形成される評議会を設置し、また、運営上の実務を担う事務局を設置します。

 以上の目標を目指して「京都・宗教系大学院連合」を設立することに同意します。

2005年7月31日

大谷大学大学院 文学研究科
高野山大学大学院 文学研究科
種智院大学 仏教学部
同志社大学大学院 神学研究科
佛教大学大学院 文学研究科
龍谷大学大学院 文学研究科

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自己紹介

近  著

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