小原On-Line

小原克博: 2006年7月アーカイブ

060729 7月29日、寒梅館会議室で、CISMORの「一神教の再考と文明の共存」研究会を行いました。
 テーマは「キリスト教における世俗化・近代化」ということで、カトリックの立場からマイケル・シーゲル先生(南山大学)にプロテスタントおよび宗教社会学の立場から三宅先生(同志社大学)に発表をしていただきました。私はまたもや司会。このところ司会業が続いています。フリーな発言をしたいところですが、司会者としては自己抑制しなければならないので、けっこうストレスがたまります。
 コメンテーターとしては、ユダヤ学の立場から市川先生(東京大学)、イスラームの立場から中田先生にご発言をいただきました。
 一般的に世俗化論は近代ヨーロッパを大前提にして議論されることが多いのですが、ユダヤ教やイスラームをかませることによって、その前提が相対化されていくのが興味深かったです。
 世俗化・近代化はかなり大きなテーマなので、今回の議論だけでは何もまとまった結論を得ることはできませんでしたが、どういう問題点や認識のずれがあるのかの確認はできたように思います。息長くやっていく価値のあるテーマだと言えるでしょう。

060724a 7月24日(月)、京都・宗教系大学院連合による第1回 「仏教と一神教」研究会が行われました。
  高田信良(龍谷大学)、 ロバート・ローズ(大谷大学)、安永祖堂(花園大学)の各先生方が、設立記念シンポジウムでの議論を踏まえながら、宗教間対話の課題と可能性について、それぞれ20分程度の発表をしてくださいました。私は司会を務めました。
 発表後、1時間強のディスカッションの時間を設けました。特に明確なテーマ設定をしているわけではないので、どのような議論になるか少々心配していましたが、活発な意見交換ができたと思います。
060724b  前半の方では、ローズ先生が紹介されたアメリカ仏教界における座禅(meditation)の問題、特に、座禅を「自力」として否定してきた浄土真宗の対応に関心が集まりました。親鸞は「他力」を説いたのであるから、その基本線から逸脱すべきではないという考え方と、中国仏教、日本仏教があるようにアメリカ化されたアメリカ仏教があってもよいのだ、という意見まで多様な見解が披露されました。
 各宗教が現代的コンテキストにおいて、どのように適応していくのかは、今後もこの研究会の課題の一つになりそうです。
 また、宗教間対話ということで、宗教内の対話だけに終始するのではなく、宗教と世俗社会との対話、あるいは宗教と自然科学との対話も必要だ、という意見もありました。
 さらに、大谷大学のマイケル・パイ先生からは、宗教間対話においては、教義と体験の両方を通じた相互理解が必要だということが指摘されました。
 K-GURSの今後の研究や教育のあり方を俯瞰する、よい議論がなされたと思います。
 大学院生も10名強参加していくださいました。これから、大学院生レベルでの研究交流が徐々に展開していくことも期待したいと思っています。

060721 7月21日(金)、同志社大学東京オフィス宗教倫理学会の研究会が開催されました。普段は、キャンパスプラザ京都でやっているのですが、1年に1回は東京でやろう、ということで今回は2回目の東京研究会でした。
 発表者は、島薗進先生(東京大学)。「いのちの始まりの生命倫理――宗教文化と歴史的経験の視点から」と題して発表をしていただきました。
 島薗先生の近著『いのちの始まりの生命倫理』については、ここでも以前紹介させていただきました。今回の発表では、それに引き続き、ヒト胚研究の問題や、人工妊娠中絶をめぐる文化的歴史的な背景について話してくださいました。近代になって現れる「多産主義」(fecundism)を中心に問題を整理されたのが印象的でした。
 ES細胞研究をはじめとする先端医療に対し、宗教がどれほどの影響を与えることのできるかは、はなはだ心許ないところがありますが、宗教倫理学会ならではの取り組みを続けていくことができればと思っています。
 今後、東京での研究会の回数を増やしていくことができればと考えています。

 小原克博 On-Line に「科研費による研究」のページを追加しました。
 今年度、「科学研究費補助金」に採択された研究の概要を掲載しています。

 私は同志社の「21世紀COEプログラム」にどっぷり関わっていますから、これ以上にややこしい研究経費は引き受けたくない、というのが本音ですが、大学としては「科研費」の採択件数が、大学の研究力をはかる指標になりますから、何かとプッシュしてきます。
 前回の科研費からは2年明けての採択ですが、今回の研究概要を上記ページに記しておきました。
 正直言って、今は集中して研究に取り組む余力がありませんが、ぼちぼちと課題に取り組んでいきたいと思います。そのプロセスの一部は、ここでも随時紹介していきたいと考えています。

060717 昨日から今日にかけて、全国的に雨模様であったと思います。そのような中、今朝起きて庭を見ると、丹誠込めて育ててきた野菜が散乱しているではありませんか!
 かなり大きくなってきたとうもろこしが、食い散らかされ、茎は折られていました。トマトも、まだ青いものまで食い散らかされ、へたの部分だけが上手に残されていました。キュウリは「お持ち帰り」となったのか、何の痕跡もなく、取り去られていました。
 とうもろこしに残った歯形から推測すると、犯人は明らかにおサルたちです。よくも、やってくれたな~!!って感じです。
 近所でも、最近、スイカが丸ごとサルに奪い去られる事件があったと聞いていたのですが、まさに自分のところで、ごっそりやられるとは思いもしていませんでした。
 毎朝起きては野菜の成長に目を細めていたのですが、サルたちの奇襲攻撃の前に完敗です。
 う~っ、悔しい~。誰か、よいサル知恵をお授けください。

 引き続き、ダ・ヴィンチ・コード講演会についての「毎日新聞」記事を紹介します。
 講演の一部内容をうまくまとめてくれています。
 でも、さすがにダ・ヴィンチ・コードのブームもすでに引き潮気味であると思います。映画の興行成績はどうだったんでしょうね。

「ブームの隠し味」(『毎日新聞』2006年7月10日、夕刊)

 『リバイバル新聞』7月9日号の第1面に、ダ・ヴィンチ・コード講演会の様子が紹介されました。「リベラルと保守が対話」が見出しとなっています。
 紹介文の中には、私の意図を若干取り違えたような表現もありますが、私のような立場の人間が、通常、話題にされないような新聞で記事にされたというのは、ありがたいことです。
 ただでさえ少数のクリスチャンの間で、リベラルや保守といった立場にしがみついているのは、あまり生産的ではありません。何か橋渡し的な役割を果たしていくことができればと願っています。
 まずは、記事をご一読ください。

http://www.revival.co.jp/news/news02.html

 小原克博 On-Lineに最近の新聞記事を二つ掲載しました。

「原理主義とは? 大学教員らがシンポ」(『朝日新聞』2006年6月30日、夕刊)
「象徴の解釈」(「現代のことば」)(『京都新聞』2006年7月3日、夕刊)

 最初のものは、このBLOGでも紹介した「宗教と社会」学会での公開シンポジウムについての記事です。
 二番目は『京都新聞』の「現代のことば」というコーナーに寄稿した記事です。このコーナーには2ヶ月に1回のペースで寄稿することになります。
 言いたいことをぐいっと短いセンテンスに圧縮した、その意味ではちょっと難解な箇所も一部ありますが、全体的にはわかりやすいのではないかと思っています。
 ご一読ください。

 7月8日(土)午前中には、韓国からキリスト教倫理を専門とする先生方をお迎えし、私が同志社や日本での状況について説明をし、対話の時を持ちました。
 彼らは「新世代教会倫理研究会」というグループを結成しています。なぜそういうもの作ったのか、と尋ねると、韓国の教会は成長の副作用として、いろいろな倫理的な問題を抱えているのだ、ということで、きちんとした教会内規範を回復させることが目的のようでした。
 教会の世襲制が引き起こす問題など、私も部分的には聞き知っていましたが、あらためて聞くと、韓国ならではの課題が現れていておもしろいな、と思いました。
 私が強調したことの一つは、倫理的な問題は国内的な次元のものもあるが、そこに還元されない東アジア的な課題を共有していく必要があるということでした。この点については、共感していただけました。
 話し合いの後、寒梅館で一緒に昼食をしたのですが、その道すがら、ユン・ドンジュの詩碑を紹介しました。みなさん大感激で、写真を撮っていました。さすがに国民的に愛されている詩人のことだけはあります。

 午後は、イスラエル大使講座に参加しました。公安や京都府警なども関わって、かなり物々しい雰囲気に包まれていました。金属探知機を使ったチェックも行われました。
 また会場となった神学館前では、イスラエルに対する抗議運動が行われていました。
 講演中も、会場の正面両脇には屈強なSPが二人仁王立ちになっており、かなりいかつい印象を与えていました。
 話の内容は、だいたい想像の範囲内でした。昨今のガザ攻撃は、やむを得ない自衛行為であるということでした。また、ハマスはテロリスト集団として、頭から対話相手として見なされていませんでした。まあ、それがイスラエル政府の公式見解であるとはいえ、このままでは事態が拘泥化するだけではないかと思いました。
 先日の亡命パレスチナ人のタミーミー氏の話では、イスラエルはハマスを対話相手として認めよ、ということが主張点の一つでしたから、両者の立場が大きくすれ違っていることをあらためて見せつけられた思いがしました。

 関連の京都新聞記事を参考までお知らせいたします。

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006070800159&genre=G1&area=K1B

 7月5日(水)、上智大学で行われた国際シンポジウム "The Roles of Religion in the University"にパネリストとして参加し、"Recent Developments in the Study of Religion at Doshisha University"というタイトルで発表をしました。
 同志社の宗教教育の変遷、同志社科目の新設、神学部の最近の変化、CISMOR、K-GURSなど、私が関わっていることを幅広く紹介しました。
 Keynote Speakerとして、元ハーバード大学世界宗教研究センター所長のL. Sullivan教授(現在、Notre Dame University)が来日されていました。ハーバードでの経験や、なぜ、ノートルダムに移ったのか、など興味深い話をしてくださいました。さすがにこの分野の第一人者だと思いました。
 上智大学は、この4月から国際教養学部ができて、その記念シンポジウムという位置づけでした。この学部の授業は、基本的にはすべて英語で行われています。したがって、当然のことながら、今回のシンポジウムも公開ですが、すべて英語で行われました。けっこう複雑な内容が話し合われていましたが、それが理解できていれば、上智の学生さんは大したものだと思います。

060701 今学期初めてのゼミコンパ(学部)を行いました。
 右の写真は全員をアングルに収めることができませんでしたが、こういう顔ぶれで今年度のゼミを行っています。
 学生たちが普段何を考えているのか(たとえば各先生たちに対する印象など)が率直に語り合われ、存分に楽しむことができました。

You are the
 th Visitor
 since 01/07/2004.

自己紹介

近  著

2013年10月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

月別 アーカイブ